地車型分け図鑑:船型

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船型(斜め前)
船型(斜め前)
船型(斜め後)
船型(斜め後)
『石川型』の枡組に酷似した太子町後屋の屋根廻り
『石川型』の枡組に酷似した太子町後屋の屋根廻り
中在家の船だんじり
中在家の船だんじり

台木の上に和船(木造の船)を載せ、地車同様の屋形細工を施した地車。
大阪府下には、南河内郡太子町に2台(後屋・東篠)、大阪歴史博物館に展示中の元・大阪市安立町7丁目地車、そして大阪天満宮所蔵の絢爛豪華な御座船型式の山車「天神丸」の4台が現存しているだけ。

太子町の2台の船型地車の屋形細工は、南河内地域で曳行されている石川型地車(俄だんじり)や羽曳野市古市東町の地車と酷似しており、江戸期に活躍した富田林の大工組、「新堂組」の流を汲む大工の手により製作されたとも考えられ、江戸末期に造られたと推測できる。

全国的に「船型」の練り物は多く存在しているようで、京都祇園祭りに曳き出される『船鉾』は特に有名。
『船型』地車の起源はよくわかっていないが、おそらくこの『船鉾』が起源で、江戸期の繪本などに画かれる神功皇后が三韓を征伐し日本に帰って来た際に乗っていた船を模したものではないかと推測できる。

また、練り物・曳きものではないが、戦前まで兵庫県尼崎市貴布禰神社の祭礼では、船の上に地車の屋形を組み、実際に川へ浮かべ、「川渡御」がおこなわれ、最盛期の宝暦年間(1751〜1764)には中在家だけで九艘の『船だんじり』が漕ぎ出されたとの記録が残る。現在では、同町に一艘現存するのみ。