地車工匠事典〜岸和田型地車編〜

歴史を継承する技 地車に懸ける心意気 だんじりの魂を作事する匠

   

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<あ行>

朝代 市松あさしろ いちまつ [大工]
屋号は《朝市》。岸和田市南町に居住した。昭和18年(1943)4月16日死去。絹井嘉七の弟子。明治中期地元南町先々代[貝塚市三ツ松先代]地車、大正7年(1918)南町先代[現高石市高磯(二区)]地車などを作事。「朝市型」と呼ばれる均整のとれた地車を世に送り出す。
麻生川 彦一あそがわ ひこいち [大工]
昭和53年(1978)9月26日死去。貝塚出身。畑村(岸和田市畑町)の《大善》こと村田善太郎の弟子。岸田秀吉、植山宗一郎の助として活躍する。昭和27年(1952)貝塚市海塚地車などを作事する。
天野 喜三郎あまの きさぶろう [大工]
大正5年(1916)11月28日〜平成13年(2001)4月25日。天野藤一の実弟で、兄の右腕として腕をふるう。
天野 三郎あまの さぶろう [大工]
《あまの地車製作所》棟梁。昭和27年(1952)10月20日岸和田市中之濱町生まれ。兄行雄とともに父藤一に師事する。平成14年(2002)2月独立。平成17年(2005)堺市中区深井東町地車などを作事。
天野 藤一あまの とういち [大工]
大正3年(1914)2月5日〜平成18年(2006)1月3日。岸和田市中之濱町生まれ。《大安》の血を引く大工棟梁。昭和26年(1951)地元中之濱町地車などを作事する。「トントンさん」の愛称で親しまれた。
天野 行雄あまの ゆきお [大工]
《天野工務店》二代目棟梁。岸和田市中之濱町生まれ。父藤一に師事する。平成4年(1992)藤井町地車などを作事する。
池内 幸一いけうち こういち [大工]
株式会社《池内工務店》二代目。昭和34年(1959)5月3日岸和田市大工町生まれ。父福治郎に師事する。平成7年(1995)堺市西区家原寺地車、平成11年岸和田市三田町地車などを作事する。
池内 福治郎いけうち ふくじろう [大工]
屋号は《大福》、株式会社《池内工務店》。昭和8年(1933)4月30日岸和田市大工町生まれ。《大常》こと古谷常吉の弟子。昭和53年(1978)堺市中区堀上町地車など数多くの地車を作事している。
泉谷 浩文いずたに ひろふみ [大工]
《泉谷工務店》棟梁。昭和53年(1978)1月28日泉大津市北豊中町生まれ。天野行雄に師事し、数々の地車を手掛ける。平成14年11月3日独立。
伊勢屋由松いせや よしまつ [大工]
岸和田市北町に居住した大工棟梁。明治12年(1879)の北町先々代[現奈良県大和高田市大和地車保存会]地車を作事した時は弱冠21歳であったといわれる。
板谷 始いただに はじめ [大工]
《板谷工務店》棟梁。昭和44年(1978)2月25日熊取町五門生まれ。建築では父・板谷宗の弟子。地車技術は大下孝治に師事し、数々の地車を手掛ける。平成16年(2004)7月独立。平成20年出世地車として岸和田市神須屋町地車を作事する。
井上 英明いのうえひであき [大工]
《井上工務店》棟梁。昭和41年(1966)6月18日岸和田市吉井町生まれ。岸和田市塔原町の《藤原建設》藤原幸春の弟子。平成4年(1992)4月独立。平成18年中北町地車などを作事する。
岩出 育夫いわで いくお [大工]
昭和25年(1950)岸和田市神須屋町先代[現堺市南区野々井]地車を請け負った大工棟梁。
岩出 秀吉いわで ひできち [大工]
岸和田市八田町に居住。昭和7年(1932)地元八田町先代[現泉大津市我孫子]地車などを作事する。
植山 宗一郎うえやま そういちろう [大工]
屋号は《大宗》。明治35年(1902)1月28日〜昭和59年(1984)1月15日。久納久吉の下で数年の修業の後に、昭和4年(1929)上町地車、昭和15年(1940)大手町地車など数多くの「植山型」地車を作事する。
植山 春松うえやま はるまつ [大工]
昭和20年(1945)3月27日死去。享年74歳。岸和田市上町に居住した。《大平》尾崎杢兵衛の下で修行し、大正10年(1921)貝塚市森地車を作事する。植山宗一郎・義正兄弟の実父。
植山 良雄うえやま よしお [大工]
屋号は《大義》、有限会社《植山工務店》。昭和15年(1940)1月14日〜平成14年9月1日。義正の跡目息子。昭和62年(1987)堺市中区深井北町地車、平成7年南町地車、平成10年五軒屋町地車などを作事。
植山 義正うえやま よしまさ [大工]
屋号は《大義》、《植山工務店》。明治37年(1904)11月8日〜平成2年(1990)10月3日。岸和田小寺(上町)生まれ。宗一郎の弟。数多くの地車の新調、修理を手掛けた。昭和26年(1951)貝塚市東地車などを作事。
尾崎杢兵衛おざきもくべえ [大工]
屋号は《大平》。天保4年(1833)〜明治41年(1908)。絹屋嘉七と双璧をなした名匠で「絹屋の嘉七さんか、大平の杢兵衛さんか」と称えられた。明治36年(1903)五軒屋町先々代[現堺市西区長承寺]地車などを作事。
大崎 平兵衛おおざき ひらべえ [大工]
岸和田型地車の白眉といわれる明治22年(1889)堺町先代[現熊取町野田]地車を作事した棟梁。《大平》《大駒》との関連については調査中。
大崎 吉造おおざき よしぞう [大工]
屋号は《大駒》。明治13年(1880)岸和田小寺(上町)[現堺市西区菱木白木]地車、明治20年(1887)頃、大北町先代[現熊取町小谷]地車などを作事。
大下 孝治おおした たかはる [大工]
屋号は《大下工務店》。昭和27年(1952)4月10日岸和田市南町生まれ。父健次郎の下で修行し、弱冠26歳で独立。昭和63年(1988)岸和田市戎町地車、平成14年(2002)沼町地車など数多くの地車を作事している。
小川 喜兵衛おがわ きへえ [大工]
本名・音吉。代々喜兵衛襲名。岸和田市宮本町に居を構える屋号《大喜》の老舗大工棟梁小川家。昭和19年(1944)1月22日死去。享年73歳。大正7年(1918)地元宮本町先々代[現熊取町大久保]地車を作事する。
奥 久一おく きゅういち [大工]
昭和48年(1973)11月21日死去。奥久吉長男。父につき五軒屋町先代[現堺市西区草部太井]地車製作に従事する。
奥 治作おく じさく [大工]
《大源》の分家で屋号は《治作》。奥辰之助とともに地元池ノ尻[現貝塚市麻生中]地車を作事する。
奥 辰之助おく たつのすけ [大工]
明治元年(1868)生まれ、昭和18年(1943)9月11日死去。代々源右衛門を襲名する。岸和田池ノ尻(上町)の老舗大工棟梁家《大源》に生まれる。明治33年(1900)頃、地元池ノ尻[現貝塚市麻生中]地車を作事する。
奥 久吉おく ひさきち [大工]
屋号は《大久(だいひさ)》昭和26年(1951)年3月13日死去。大正11年(1922)五軒屋町先代[現堺市西区草部太井]地車を作事する。
相野 藤七あいの とうしち [彫物師]
生歿年不詳。大坂の由緒ある彫物師一門<相藤>の何代目であるかは不明。安政2年(1855)大北町先々代[現東大阪市角田]地車とみられる彫刻に墨書きあり。
相野 徳兵衛あいの とくべえ [彫物師]
幕末から明治中期にかけて活躍。大阪の名門《相藤》の流れで、相野徳兵衛直伝を名乗る。上地車に多くの作品を残し、岸和田型では明治22年(1889)堺町先代[現熊取町野田]地車の大屋根枡合などを彫刻。
井岡 勘治いおか かんじ [彫物師]
昭和5年(1930)12月13日生まれ。昭和25年(1950)神戸の西脇貞夫に入門。3年間修業した後、昭和28年(1953)後藤更星に再入門。後に木下舜次郎の下で修業を重ねる。
池上 俊之いけがみ としゆき [彫物師]
昭和16年(1941)3月27日生まれ。淡路出身。木下舜次郎の甥。舜次郎の下で修業し年季明けした後は、後藤更星の下で修業を重ねる。
石田 利郎いしだ としろう [彫物師]
江州醒ヶ井彫の流れを汲む彫師。兄・石田範治とともに昭和初期に来岸。木下舜次郎に付き腕を磨く。昭和23年(1948)貝塚市堀地車、同年同市清児地車などを彫刻。
石田 範治いしだ のりはる [彫物師]
昭和初期に来岸し、弟 利郎とともに数多くの地車を手掛ける。
井尻 翠雲いじり すいうん [彫物師]
大正2年(1913)生まれ。上丹生彫森曲江の一番弟子。昭和28年(1953)岸和田市極楽寺町など多くの地車を手掛ける。
伊藤 松吉いとう まつきち [彫物師]
本名 甚六。岸和田生まれ。上間庄平一番弟子。庄平の仕上師として活躍する。
井上 進一いのうえ しんいち [彫物師]
屋号は《井上木彫刻工房》。昭和37年(1962)2月3日東京都立川市生まれ。井波彫刻の堀友二の弟子。年季が明けた後、宮彫師の父 利治の元に帰り堂宮彫刻を手掛ける。平成7年(1995)岸和田市額原町地車を彫刻。
上田 徳弥うえだ とくや [彫物師]
上丹生(醒ヶ井)上田徳松の次男。開生藤の招きで泉州に名を残す。
上田 俊一うえだ としかず [彫物師]
上田徳松の次男 徳弥の跡目息子。井尻翠雲の助として活躍する。
上田 美次うえだ みつぐ [彫物師]
大正6年(1917)〜平成10年(1998)。上田三四郎跡目息子。井尻翠雲の助として活躍する。
上田 勇次うえだ ゆうじ [彫物師]
昭和36年(1961)死去。上丹生彫 上田喜太郎長男。<絹屋>こと絹井楠次郎の地車製作に従事し、組物彫刻や仕上師として活躍する。
上田(井宮) 勇造うえだ(いみや) ゆうぞう [彫物師]
大正6年(1917)〜平成18年(2006)。上丹生彫 上田喜太郎 次男。木下舜次郎の助として活躍する。
小川(櫻井) 金平おがわ(さくらい) きんぺい [彫物師]
明治7年(1874)〜昭和29年(1954)。四国讃岐生まれ。櫻井義國の跡目養子となり、助として活躍する。養父・義國同様、大工仕事と彫物仕事の両方をこなした。
小川 義保おがわ よしほ [彫物師]
明治35年(1902)〜昭和60年(1985)。播州揖保郡の人。三代目 松本義廣の弟子。昭和56年(1981)熊取町朝代地車など、昭和50年代の地車修理における彫物取替えで、松良などを彫刻する。
織田 寛一おだ かんいち [彫物師]
大正14年(1925)堺町地車の製作などに従事する。
※2007年発行『岸和田だんじり読本』より著者の許可のもと引用・一部修正をおこなっています。