地車工匠事典〜岸和田型地車編〜

歴史を継承する技 地車に懸ける心意気 だんじりの魂を作事する匠

   

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藤川 宗太郎ふじかわ そうたろう [大工]
生没年不詳。櫻井義國の甥にあたる。大正11年(1922)大手町先代[現貝塚市馬場]地車を作事。
古谷 常吉ふるたに つねきち [大工]
昭和50年(1975)12月26日死去。享年76歳。岸和田市筋海町に居住した。昭和31年(1956)岸和田市山下町地車を作事。
別所 勝之助べっしょ かつのすけ [大工]
屋号は《大勝》。昭和5年(1930)8月15日死去。岸和田市下野町に居住した大工。大正8年(1919)地元下野町地車を作事。三男の徳蔵は《新徳》こと上林家の養子となり、昭和35年頃まで下野町地車の面倒をみた。
花岡 源三郎はなおか げんざぶろう [彫物師]
生歿年不詳。天保11年(1840)中町先代[現和歌山県橋本市東家]地車、天保12年(1841)紙屋町先代[岸和田市だんじり会館展示]地車を彫刻。
花岡 源七郎はなおか げんしちろう [彫物師]
生歿年不詳。天保11年(1840)中町先代[現和歌山県橋本市東家]地車、天保12年(1841)紙屋町先代[岸和田市だんじり会館展示]地車を彫刻。
花岡 源助はなおか げんすけ [彫物師]
文化〜天保年間(1804〜1844)に活躍したとみられる。華岡とも記す。天保11年(1840)中町先代[現和歌山県橋本市東家]地車、天保12年 紙屋町先代[岸和田市だんじり会館展示]地車などを彫刻。花岡家は浪花彫物師と銘を刻む一門である。
花岡 源賃はなおか ?? [彫物師]
花岡良造・源助らと同時期に活躍したとみられる。天保11年(1840)中町先代[現和歌山県橋本市東家]地車、天保12年 紙屋町先代[岸和田市だんじり会館展示]地車などを彫刻。
花岡 松蔵はなおか ?? [彫物師]
生歿年不詳。天保から明治初期にかけて活躍したとみられる。名は義廣。天保12年(1841)紙屋町先代[岸和田市だんじり会館展示]地車を彫刻。
花岡 龍造義信はなおか りゅうぞうよしのぶ [彫物師]
江戸末期から明治初期までに活躍したとみられる。江戸末期に中町先代[現和歌山県橋本市東家]地車、紙屋町先代[岸和田市だんじり会館展示]地車、中之濱町先々代地車などを彫刻。
林 貞次郎はやし ていじろう [彫物師]
昭和23年(1948)死去。神奈川県横浜の人。一元林峰弟子。仕上師として活躍する。
開 正藤ひらき せいとう [彫物師]
本名 藤太郎。明治5年(1872)〜昭和18年(1943)。淡路生穂生まれ。二代目 黒田正勝弟子。優美な表情の彫物を刻む。大正11年(1922)中町地車、昭和4年(1929)上町地車などを彫刻。
開 生aひらき せいみん [彫物師]
本名 賢次。明治29年(1896)〜昭和43年(1968)。淡路生穂生まれ。父 正藤跡目息子。芸術性の濃い作品を残す。昭和8年(1933)筋海町地車の枡合・連子などを彫刻。
※2007年発行『岸和田だんじり読本』より著者の許可のもと引用・一部修正をおこなっています。