蛙にされた男を人の姿に戻すファンタジー『蛙飛び行事』奈良県吉野郡吉野町 金峯山寺周辺

桜の名所として知られる奈良県・吉野山の金峯山寺(きんぷせんじ)では、ご本尊である蔵王権現に蓮の花を供える『蓮華会』に合わせて、『蛙飛び行事』が行われます。さてそれは、如何なる行事なのでしょうか?金峯山寺の執行長・五條様にお話を伺いました。

金峯山寺 執行長・五條様
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<開催日>
2016/7/7(木)
<開催場所>
奈良県吉野郡吉野町
金峯山寺(きんぷせんじ)周辺
<最寄駅>
近鉄吉野線「吉野」駅からケーブルカー「ケーブル吉野山(山上)」駅下車 徒歩10分

祭りの概要

桜の名所である吉野山にある金峯山寺は、7世紀頃に役行者(えんのぎょうじゃ)の呼び名で知られる役小角(えんのおづの)が、蔵王権現をご本尊として開創した寺院で、その蔵王権現を安置する蔵王堂は東大寺の大仏殿に次ぐ大きさであると言います。

その金峯山寺・蔵王堂にて、毎年7月7日に蔵王権現に蓮の花を献上する『蓮華会』(れんげえ)が執り行われます。

それに合わせて、カエルの着ぐるみを着た男を乗せた太鼓台が繰り出され、町内を練り廻った後、金峯山寺へと担ぎ込まれます。
その太鼓台から降ろされたカエルが、蔵王権現と修験者の法力によって人間の姿に戻されるという摩訶不思議な行事が見られます。

これを『蛙飛び行事』と呼び、金峯山寺の年中行事の中でも、とりわけ奇抜なことで有名な吉野の夏の風物詩であります。

蛙飛び行事拡大
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歴史

平安時代から蔵王権現に蓮の花を献上する『蓮華会』は行われていたと言われますが、それに合わせて行われる『蛙飛び行事』とのハッキリとした接点は定かではないのですが、この『蛙飛び行事』へ、次のような説話がもとになっています。

白河天皇の時代であった延久年間(1073年頃)のこと。

ある不心得な男が金峯山に登り、そこで修行する修験者や蔵王権現を罵り、暴言を浴びせたといいます。
するとそこへ大鷲がやってきて男を空高く連れ去り、断崖絶壁の上に置き去りにしました。

男が降りられなくなり困っているところを通りがかった金峯山の高僧が、法力で男を蛙の姿に変え、降りてきたところを蔵王堂へと連れて行きました。

蔵王権現の前で山伏の験力により、反省と改心を認められて人間の姿に戻されたというお話。

この『蛙飛び行事』は、その伝説を再現しているのですが、いつ頃から始まったものかは定かではなく、江戸時代には様々な書物にその様子が描かれているそうです。

明治以降、神仏分離令などを受け、しばらく『蛙飛び行事』は途絶えていましたが、現在のような形で行われるようになったのは、昭和に入ってからと思われます。

蛙飛び行事拡大
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みどころ

7月7日当日のお昼過ぎ、蛙の着ぐるみを着た男を乗せた太鼓台が、金峯山寺から約500メートル程南へ行った竹林院を出発します。

そのまま太鼓台は、金峯山寺の横を通り過ぎ、ケーブル山上駅の前まで進みます。
そこへ、この日の朝に大和高田市奥田の弁天池より採取された蓮の花を運ぶ修験者の一行と合流。

蔵王権現に献上する蓮の花は専用の神輿に遷され、午後3時頃、これより『蓮華会』のため、金峯山寺・蔵王堂を目指します。

蛙を乗せた太鼓台は、金峯山寺の石段を威勢よく駆け上がり、境内へと担ぎ込まれます。

境内では、蓮の花とともに蛙も蔵王堂へと入り、これより『蓮華会』の法要が執り行われます。

その後、境内に設置された十字型の舞台へと姿を現した蛙は、その舞台の上を飛び回り、舞台の左右に座っている高僧のもとへと参り、修法を重ねます。
そして最後に正面に居られる高僧、そしてその奥の蔵王権現の前にて法力を受け、晴れて人間の姿へと戻されます。

これをもって、『蛙飛び行事』はめでたく終了となるのです。

ちなみに『蓮華会』の行事は、この後の山伏による『採灯大護摩供』、そして翌日、蓮の花を山上の大峯山寺に供える蓮華奉献入峯行事へと続きます。

蛙飛び行事拡大 蛙飛び行事拡大 蛙飛び行事拡大
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祭り取材レポート

書き手:信濃屋 お半

2016/8/10(水)UP

幕開けは『蓮取り行事』から

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7月7日当日・・・

七夕でもあるこの日は、毎年雨か曇り空になる事が多いのですが、この日は朝から晴天が広がり、織姫と彦星も安心して逢えそうなお天気。

吉野に向かう前に、我々は大和高田市にある、弁天神社に立ち寄りました。
この神社の境内にある蓮池(別名・捨篠池)は、金峯山寺を開いた『役行者』が産湯を使った場所とされており、この池にて、この日の『蓮華会』で金峯山寺へと供えられる蓮の花を採取する『蓮取り行事』が行われるのです。

時刻にして午前10時。
この日に合わせて曳行される奥田のだんじりも鑑賞しつつ、蓮取り船に乗って108本の蓮の花が厳かに採取される様子を見届けてから、吉野へと参りましょう。

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蛙を乗せた太鼓台が吉野の町を練る

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吉野山に到着したのはお昼すぎ。
春は一面、桜のピンクに彩られる吉野の山々も、夏は一面の新緑に覆われ、蒼々とした連峰が連なります。

金峯山寺を中心とした一本道には、陀羅尼助や柿の葉寿司、地酒といった名産品を扱う土産物屋が並んでいます。

そこへ、竹林院を出発した太鼓台が姿を現しました。

そしてこの太鼓台に・・・

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おぉ~!・・・乗っとる乗っとる!
大きな蛙が太鼓台から身を乗り出し、沿道に居並ぶ見物客に愛想を振りまいています!

修験道や蔵王権現を罵倒して、こんな哀れな姿に変えられてしまったとは思えないほど、ユーモラスで愛嬌タップリの蛙が威勢の良い太鼓台に乗せられ、多くの土産物屋が立ち並ぶ参道を練り歩く様は、何とも言えない情緒にあふれ、見る者を魅きつけます。

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奥田で蓮の花を採取した修験者の一行と合流

蛙を乗せた太鼓台は、一度金峯山寺の横を通り抜け、時折休憩を挟みながら、さらに参道を降りて行きます。

途中、大鳥居や山門などの名所をすり抜け、やって来たのは近鉄・吉野駅から伸びるケーブルカーの吉野山山上駅前の広場。

時刻にして午後3時頃。
ここへ午前中に大和高田市は弁天神社の捨篠池で蓮の花を採取した修験者の一行が到着し、蛙を乗せた太鼓台と合流するのであります。

しばしの休憩の後、太鼓台と修験者の一行は金峯山寺への参道を上り始めます。

途中、往路の時には横をすり抜けた大鳥居前の石段を、太鼓台は一気に駆け上がります。
それはまるで、金峯山寺の石段を登る予行演習のよう。

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金峯山寺の石段を登り、『蓮華会』そして『蛙飛び行事』へ!

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現在、金峯山寺の正面にある『仁王門』が、改修工事に向けた準備により通れないので、蛙を乗せた太鼓台は再び金峯山寺の横道を回り、北側の石段へと回り込んできました。

そして意を決し、この石段を一気に駆け上がって境内へ!

中央にそびえる蔵王堂までを威勢良く担がれた太鼓台から、蛙が降ろされます。

道中、見物客に愛想を振りまいていたユーモラスな蛙も、蔵王権現を前にして初めて、自分の置かれている立場が分かったのか、急に神妙な面持ちになります。

そして献上される蓮の花とともに、蔵王堂の中へと姿を消しました。

これより金峯山寺の年中行事の中でもひときわ重要な行事『蓮華会』が執り行われます。

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それからおよそ30分ほど、蔵王堂から蛙の姿が出で参りました。
いよいよこれより、修験道や蔵王権現を軽んじ罵ったがために、蛙の姿に変えられてしまった男を元の姿に戻すための『蛙飛び行事』の始まりです。

境内に十字に組まれた舞台の上を、哀れな蛙が飛び跳ねます。

まずは蔵王堂を正面に見た舞台の端に座り、そこから左右に鎮座する高僧のもとへと飛び跳ね、法力を授かります。

そして最後は正面に鎮座する高僧のもとへと飛び跳ね、蔵王権現の法力を得て、晴れて人間の姿へと戻されました。

めでたし、めでたし。

詰めかけた大勢の見物客から大きな拍手が送られた蛙は、再び、蔵王堂の中へと消えて行きました。

金峯山寺の『蓮華会』はこの後、修験者による境内での大護摩焚きが執り行われ、翌日には大峰山の山頂にある大峰山寺に、蓮の花が献上されます。

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動画

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