自分が自分でいられる。
そんなゴキゲンな店がある街・阿倍野。
うまいメシ屋を数えるよりも、恋した人を数えてきたので「30代・独身・UFO信じる」な自分が、ひとつのテーマで20枚のカードを持っていないことに気付いてなかった。しかも、うまいメシ屋を20軒知っているよりも、男前でべっぴんな酔いっぷりの友達を1人知ってる方が、街では人気者になれるのは承知の事実だ。
とは言うものの「20軒、20軒」と、呪文のように唱えながら、お気に入りの店を書き出して見ると、競馬の冠名の如く「阿倍野の〜」や「天王寺の〜」ばかりが出てくる自分に問うてみた。「なぜ阿倍野や天王寺ばかりで遊ぶのか?」と。これは難しいお題だ。
ハッキリ言って理由は無い。生まれ育った街だし、運転免許は身分証明書化しているので、自転車範囲内がベストと言うのもある。「離れた街からタクシーで帰るのなら、それを酒代に回そう」と言ったケチケチ根性もある。強いて言うなら「この味・この場所・この店主」のどれが欠けても成立しない、ゴキゲン3拍子が揃った店が多いからだろう。
ミナミやキタにも、ゴキゲン3拍子な店はある。しかし、街自体に、スッピンの美人に出会えたり、「ジャージのままで〜」な雰囲気がなく、早めに家(地元)に帰りたくなる。阿倍野や天王寺は、店だけでなく、街自体が気取ってなくてスッピンなんだろう。地元以外の人達にもその雰囲気は伝わるので、“雪国のアフロディーテ”や“美人下着デザイナー”と呼ばれる、規格外のべっぴんまでもがこの街に集まってくる。そして、今回は登場していないが、阿倍野が誇る終着駅の焼酎バー[いをり]もある。これはどうしようもなく大きい。
結局は、自分が自分でいられるゴキゲンな店が、この街に多かっただけの話である。それぞれの街には、それぞれのゴキゲンがあり、魅力がある。この街の魅力は、果てしなくガンダーラだ。黒帯への道は限りなく遠い。今日もまた阿倍野の街に出よう。
(文:松本賢志)
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