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倉橋ヨエコ インタビュー

“倉橋ヨエコを廃業いたします”“倉橋ヨエコを廃業いたします”

“倉橋ヨエコを廃業いたします”――これまで、シャバダ歌謡、ヤサグレ ロックなど人跡未踏のジャンルを提唱し、自虐的とも言える痛々しい言葉で乙女心を吐露し続けてきた倉橋ヨエコ。彼女が、このたび発売されたアルバム『解体ピアノ』、ラストツアー「感謝的 解体ヨエコ ツアー」をもって、音楽活動に終止符を打つことを宣言した。
一人のアーティストが、「これで最後だ」と心に決めた作品とはいかなるものなのか。表現者・倉橋ヨエコの回答とも言える集大成的アルバムの話を中心に、8年間に及ぶ音楽活動を振り返り、現在の心境を語ってもらった。そして期待半分に再度質問、「廃業への決意、揺らいでいませんか?」。


ARTIST INFORMATION

__廃業するという衝撃発表。よって今回のアルバム『解体ピアノ』が最後の作品になるわけですが、制作段階からそのことは決めていたんですか?

倉橋ヨエコ

直感の赴くまま、自由人でずっとやってきたので、今回もアルバムの制作途中に廃業すると言い出しまして…作って行く中で、これ以上のものは自分からはもう出ない、言い尽くした遺言のような感じがしたんです。だから後半は、自分の揺るぎない気持ちを信じて、解体へ向けて制作していきました。

__具体的に、辞める決め手になった曲というのはあるんですか?

自画自賛になっちゃうんですけど、シングルにもなった「友達のうた」は、言いたいことを全部さらけ出した上に、nobodyknows+さんとコラボをして、音楽的にも新しい試みができたっていう点で、変な自信になったんです。歌詞で自分を突き通して、さらに音楽としても良いものができたという幸福感を味わえたことは、その確信を得る重要な材料になったと言えますね。

__nobodyknows+さんをはじめ、今回のアルバムにはコラボ曲がいくつか収録されていますよね。「バルンの不思議な旅」は堂島孝平さんからの楽曲提供。倉橋さんは堂島さんのファンだったそうですが。

ファンクラブにも入っていて、学生時代は追っかけをしてたんです。だから今回は、お仕事と分かっていながらも、半分ぐらい「ウヒャーウヒャー」ってピンクな悲鳴を心の中で上げながらレコーディングしてましたね(笑)。

__あと、小坂明子さんの「あなた」のカバー曲はどういうきっかけで?

2007年のツアーのときに、カバーをやりたいと思って、昔の名曲をいろいろ聴いていたんですね。それで、「あなた」を改めて聴いたら、「この曲、私が書きたかった!」って悔しくなるぐらい歌詞がすごかった(笑)。練習している間も、「あれ、私が作った曲じゃない?」って思うくらい自分の発声に合っていて。でも、小坂さんが歌うと、ブランコとかに乗ってる乙女チックな人が歌うイメージの曲なのに、私が歌うとどこか恨みのエッセンスが入るんですよね。若干黒い感じで(笑)。

__ちなみに、廃業を意識して作った曲というのはありますか?

一番最後の「輪舞曲」という曲は、廃業を意識してますし、音楽家としての総括というか、あとがき的な一曲ですね。それに、最初で最後の“人を想って作った”曲なんですよ。私は、自分の気持ちを言うだけの曲ばかり歌ってきたんですけど、最後の最後に、応援してくれた人たちのことを浮かべて作りました。人様に向けた歌を歌うのは恩着せがましいので嫌なんですけど、自分は歌でお返しすることしかできないので。

__これまで、自身の内面を掘り下げた曲を発表してきた印象が強い倉橋さんですが、「輪舞曲」の“人を想って”という点や、いろんな方とのコラボを行ったことも含めて、今回のアルバムは外に開けた作品という気がしますね。

自分のことを最大限に表現しつつ、ほんのちょっとだけ外にも目を向けることができたかもしれませんね。この年になって、ようやく人を思いやる気持ちも芽生えたのかなって…遅いよって感じですけど(笑)。そういう意味でも、自分の可能性を全部詰めることができたかなと思います。

__倉橋さんの曲からは、マイナスから生まれるパワー、逆境から這い上がろうとする力みたいなものを感じるんですが、廃業するということは、つまり幸せだからということなんですかね?

倉橋ヨエコ

『解体ピアノ』は、ある意味自分を廃業に進めたアルバム。でも、自分の子ども(生み出した作品)に廃されるのは幸せだと思いますね。途中で辞めてしまうことは、申し訳ない気持ちでいっぱいなんですけど、正直に聴いてくださった方には、正直な気持ちで作ったものしか、聴いてもらいたくなかった。偽ったものとか減速したもの、二番煎じなものを提供するのはとても失礼なことだから、最高のものができたら辞めようということは、常々考えていたんです。そのときは辛くても、本音をぶちかまして生きていきたいというワガママな人間なので。


__まもなく始まるラストツアーでは、どんなステージにしたいですか?

目で見る倉橋ヨエコの集大成にしたいですね。最後の祭りなので、過去のアルバム曲もやりたいですし、未発表曲とかもやろうと思ってます。私と関わったすべての人に、しかと解体されるのを見届けて欲しい。燃え尽きて、骨を持って帰ってもらいたいぐらいです。

__ライブに向けて準備をしていて、廃業への決心が揺らぐなんてことはないですか?

「それがまったくないんです」って言ったら、悲しんでくれてる人に申し訳ないんですけど(笑)。今までも、もうこれ以上何も作れないかもしれないと思いながら、やっぱりできたというのを繰り返していていたんですね。でも、今回だけはいつもと違って、もうできないってことはゴールだ!ヤッター!みたいな気分なんです。表現者として突き詰めることができた、答えが出たっていう嬉しさがあって。だから、ライブもお別れで悲しいんじゃなくて、幸せなものにしたいですね。

__8年間を振り返って、自身から見て“倉橋ヨエコ”はどんなアーティストだったと思いますか?

ある意味、私は社会に不適合な人間だと思うんです。でも、そんな自分のことも音楽に乗せて歌えば、短所を長所に変えることができたんですよね。大人になるとみんな、我慢したり、悲しいときも笑ってみせたりっていう素晴らしいことをすると思うんですけど、私の場合は悲しいものは悲しいって歌にぶちまけてきた。それでも聴いてくれる人がいて、なおかつ「私も同じ気持ちです」って共感してくれる人がいたんですよね。それって表現者としては幸福の極み。聴いてくれる人がいたから、私も幸せになれたんです。きっかけは、自分の衝動から作った“倉橋ヨエコ”ですが、周りの人が表現者にしてくれた。この奇跡の8年間、聴き続けてくれた人にお礼を言いたいです。


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