2010年大河ドラマは坂本龍馬が主役。言わずと知れた明治維新の立役者です。33歳という若さで惜しくも散りましたが、型にはまらず我が道を行く生き様に、彼を慕う人々は現在も絶えません。そんな彼のゆかりの土地として、出身地の高知や海援隊を組織した長崎が挙げられますが、忘れてはならないのが京都。薩長同盟を実現させるなど、新しい時代への礎を築き、いまもゆかりのスポットが数多く残されています。大河ドラマをきっかけにますます注目が高まる龍馬の足跡を訪ねて、京都の街を旅してみませんか?
家族でおでかけ 〜休日は子どもと想い出づくり〜
更新日:2010年02月09日
幕末の京都を駆け抜けた維新の立役者

常宿に残る龍馬の面影を求めて
大事を成すために京都の街で奮闘した龍馬。彼の大きな支えとなったのが常宿です。幕府方の追手から逃れながら活動を続けるには、宿の主人たちの協力が必要不可欠でした。京都の街に現在も残る、そんな龍馬の常宿を訪ねてみましょう。
寺田屋

伏見にある船宿。坂本龍馬の妻・お龍が奉公していた宿でもあります。慶応2年(1866)、寺田屋が伏見奉行所の役人に囲まれた時に、いち早く龍馬に危機を知らせたのも彼女です。彼女の素早い判断もあり、龍馬は何とか難を逃れることができました。このとき、龍馬は左手親指を負傷。養生をかねて、お龍とともに薩摩に湯治旅行へ赴きます。これが日本最初の新婚旅行と言われています。また、その4年前には薩摩藩主により同藩の過激派尊王攘夷志士が粛清される寺田屋事件も起こるなど、幕末史を彩る重要なスポットです。「施設情報」詳細へ
明保野亭
龍馬ゆかりのスポットは他にも
京都の街中には、龍馬ゆかりのスポットが他にもたくさんあります。暗殺された近江屋の跡地や高知の人々によって建てられた銅像などを巡れば、より龍馬について詳しくなれるはず!
坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地碑

京都市中京区の河原町通に、坂本龍馬が暗殺された場所を示す石碑があります。慶応3年(1867)11月15日、近江屋の2階に潜伏しているところを、複数の刺客に襲われて絶命。このとき、居合わせた陸援隊・中岡慎太郎は重傷。その数日後に亡くなりますが、暗殺者が凶行(※)に及ぶ様子や龍馬の最後の瞬間を証言しています。また、龍馬暗殺の真犯人については諸説あり、幕末最大のミステリーとしても歴史ファンの興味をひいています。
※凶行…殺人や傷害などの凶悪な行為
円山公園の坂本龍馬・中岡慎太郎銅像
締めくくりには龍馬のお墓参りを
近江屋で暗殺された龍馬が葬られたのは東山。現在は[京都霊山護國神社]の境内にあたり、毎日墓参りに訪れる人が絶えないそう。長い石段を登ると、山の中腹に姿を見せるのが石造りの鳥居。その奥に“坂本龍馬”の名がくっきりと刻まれた墓石があります。傍らには、ともに襲撃を受けて亡くなった中岡慎太郎と龍馬の使用人・藤吉の墓も。彼らの冥福を祈り、龍馬の足跡巡りを締めくくりましょう。「施設情報」詳細へ「公式サイト」へ

墓前は常に美しい花々で彩られている。龍馬と慎太郎以外にも、境内には幕末の志士達が眠る。

墓からは京都の街並みも見渡せる。この街を、高い志を持った龍馬が駆け抜けたと思うと感慨深い。
幕末の京都では新撰組も活躍。近藤勇や土方歳三ゆかりのスポットを求めて壬生に出かけてみるのもオススメ。
日帰り名人:[新選組[壬生]]
【取材】渋谷麻里子






