「ひらめけ!視点塾」第1回『キッズファイヤー・ドットコム』育児はゲーム2周目のプレイヤー視点でやれ!

2017/07/26

WRITER海猫沢めろん

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「ひらめけ!視点塾」第1回『キッズファイヤー・ドットコム』育児はゲーム2周目のプレイヤー視点でやれ!

はじめましての方も、おなじみの方もこんにちは。
日本一変な名前の小説家、海猫沢めろんです。
毎回ひとつの作品をとりあげて、「視点」というテーマで考察するこの連載コラム。第1回目はぼくの最新小説『キッズファイヤー・ドットコム』をとりあげます。

本書の内容をひとことでまとめると、

「ポジティブすぎるカリスマホストが、拾った子供をクラウドファンディングで炎上子育て。日本死ぬな」
というような内容の新感覚育児小説です。
パワーワード満載のギャグ漫画のようですが、一応純文学誌に掲載された作品なのでジャンルは純文学です。純文学、アツい。又吉さんとかいるし超盛り上がってる。みんな来るべき。読むべき。買うべき(棒読み)。

育児小説という伝統

ところでなぜ子育て小説なのか、これはもはや伝統とも言うべきパターンがあるのです。作家に子供が産まれると、たいてい編集者から「子育てにまつわる小説をお願いします」という依頼が来ます。
6年前に同じ依頼を受けたのですが、まったく書ける気がしなかったし、実際書けませんでした。
それにはいろいろな理由があるのですが、当時は状況も自分の内面も含め、すべてがめちゃくちゃになって半ば鬱状態になっていたことが大きく、それに加えて、これまでの作家が書いてきた子供にまつわる小説やらなんやかんやに感銘を受けたことが皆無、という理由もありました。
以下、子供ができた作家にありがちなことを羅列してみます。

・子供の良さを喧伝する。
・子育てエッセイを書く。
・突然社会問題について語り始める。
・オモシロエピソードを苦労とともに語るが、実際は単なる親バカ。
・子育ての大変さをネタにしつつ最後はいい話でまとめる。
・男の使えなさを嘆く(女性)
・女性の大変さを強調(男性)
・スピ入ってくる。

いくらでも出てきますが、この記事はネットにうpされるので、各方面に配慮しなくてはいけません(あーでも面倒だからどうでもいいや)。
むろん、これらが悪いわけではありません(一応フォローしとくか)。東村アキコのテンパリ とか超面白いし。あと……えーっと……あと、なんかあった気がするけど、とにかく、もうすでに書かれ尽くしているありがちなことを、自分がわざわざやる意味がわからなかったのです。だから子供についての話がぜんぜん書けなかった。
落ち着いてからようやく子供にまつわることを書いたのが、今回の新刊小説『キッズファイヤー・ドットコム』です。
子供が生まれてから刊行まで、実に6年が過ぎていました。
それまで原稿を待っていた編集者、気長すぎる。エライ。感謝。我ながらクソ貧乏ななか、よく生きてたものだと感心します。道端の食べられる草とか調べてました。

さて、そのようにして出来たこの作品ですが、小説としてキャラや物語の面白さを重視したので個人的体験の影は少ないと思います。
冒頭で紹介したように、主人公は20代のカリスマホストだし、子供は捨てられていた赤ちゃんだし、クラウドファンディングとメディアを使って日本全体を巻き込んだ炎上子育てが展開する。どう考えてもぼくの日常とはかけ離れています。そもそもぼくはスマホを持っていないうえに、今の家は去年までネットがなかった。
それでも、改めて読むとやはりこの小説には、親になって得た視点が盛り込まれています。
親になった視点、というのは漠然としているが、どういうことか?
それは、「ゲーム2周目のプレイヤー視点」です。
ピンとこない方、とくにこのような文章を読んでいるのは圧倒的に子供がいない方だと思うので、このへんについて、少し説明しましょう。

2周目プレイヤー視点とは?

よく大人が言う「子供は天才!」という言葉はまったく的外れです。
子供は別に天才ではないし、それほど自由でもない。そう思うのは、観測者である大人の側が自分の天才観や自由観を投影しているだけです。冷静に見ると子供がやることはたいてい不完全だ。その不完全性が新しく見えているにすぎないのです。
ぼくも最初は、子供が前世を語り出し、天才的能力を発揮する とか、そういう不思議現象をめっちゃ期待していました。しかし、そのようなものはまったくなかった。子育てのなかに何か神秘的なものを感じたことは一切ないと断言できます。根本的に人間というのは動物的だな、としか思いません。
つまり、子供を通じて新しい視点を得る、ということはほぼなかった。ただし、子供を通じて「あっ……これそういうことだったのか」という気づきは多くありました。
繰り返しますが、それは決して新鮮な感動や、子供ならではの発想、なんかではまったくないのです。
自分が納得できなかったり、疑問に思ったりしたことの「答え合わせ」に近いです。

要するに、子供を見て自分の子供の頃を思い出す、という感覚が、「ゲーム2周目のプレイヤー視点」なのです。
ただし、この2周目ではプレイヤーは脇役(親)視点になる。
そのときに起きるのは「自分が選ばされていた/選んだ、ルートが正しかったのか」という検証です。すでに終わっていることもあれば、もう一度自分で考えないといけないときもある。
具体的な話をしましょう。

子供の視点

子供が4歳くらいのあるとき、彼がコップの水を床にこぼしました。
慌ててふきながら、「なんでこんなことしたの?」とそれを叱ったのですが、彼はなんとなく困った顔をしています。
そのときぼくは、「あれ……これ昔あったな」という既視感を覚えました。
確かに子供の時に同じようなことで叱られたことがある。
そのときの自分はどうだったか思い出してみると……意味なんてとくになかった。
そう、子供の時の自分の行動というのは別になんとなくやりたかったとか、「なんとなく」というのが圧倒的に多くて、「なぜ?」と問われて明確に答えられるものなどほとんどなかった。
ということは、今の自分のやっていることはたぶん間違いだ。
ルート回避ルート回避!
気分を入れ替えて、「別に理由がないときもあるよな」と、彼に言うと、「そういうときもあるけど、いまのはりゆうある」と首を振ります。
うむう……どうもこの人は当時の自分より賢い気がするぞ……。
そのときぼくは、「はっ」として、もうひとつの可能性があることに気づきました。
それは理由が複数あるがうまく言語化できない、という可能性です。
大人が子供を叱るときには大抵「ひとつの真実」みたいなものを言え! と、言外のメタメッセージを醸し出しており、それが大嫌いだったことを思い出しました。
「ふむ。なるほど、ではきみのその理由とやらを教えてもらおう」と、詳しく聞いていくと、「こぼしてない」「コップのここ(底)が見たかった」「あと、かゆかった」と彼は言いました。
おわかりでしょうか。
この証言について、ぼくなりに解釈すると、彼はつまり、コップの底が見たかっただけで、水をこぼそうとしていたわけではない。ゆえにこぼれたのは不可抗力なわけで、意図が介在していない以上自分がその行為を「した」わけではないのだ、という意味です。そして同時に、なにか、どこかがかゆかった。
この証言は意味不明だろうか? ぼくはそうは思いません。子供の論理と視点からして、これは納得がいく説明である(むろんこの説明自体もテキトウである可能性はあるのだが)。
大人であるわれわれは、普段から意思というものですべてを説明できると考えすぎている。それは完全なる間違いである。ぼくだって今なぜこんなことを書いているのか良くわかっていないのです(ああ、そういえば視点……視点だった)。

ぼくらは「言語接待ゲーム」を繰り返している

大人の論理というのは意味と意図にあふれている。その論理を子供に使うと、子供は意味がなくともそれを捏造しなくてはいけなくなる。これをぼくは「言語接待ゲーム」と名付けたい(聞いてるか? ウィトゲンシュタイン。あなたが学校教師に向いていなかった根本的な理由はこのことを理解してなかったからですよ)。
接待プレイさせられる子供(とか俺)の身にもなってほしい。別に論理で生きてるわけじゃないんだからほっといてくれよ(俺も含めて)。ぼくは「1周目」のときに理屈のことを激しく憎んでいたし、理屈っぽい大人のことが大嫌いだった。なにが理屈だよ! 知るか! ロックンロール!
失敬……事程左様に、「2周目」プレイは1周目の初期騒動を蘇らせることもあるのです。

話が長くなりましたが、上記のような「ゲーム2周目のプレイヤー視点」で知り得たことが、新作小説には盛り込まれています。

さらに、フィクションは、限定された視点を超えることができる。小説の後半は2021年の世界で生きる子供たちが主役になります。現代でも子供Youtuberや子供ツイッタラーやらが人気だが、生まれたときからそうしたメディア環境にさらされ続けている彼らが、一体どういう新しい身体性を備えているのか、そんなことを想像しながら書いてみました。
多数の視点が組み込まれている本作、もし興味があれば読んでみてください。

……と言ってもみなさんお忙しいと思うので、何冊かプレゼントさせていただきます(プレゼントの応募は2017年8月15日をもって終了しました)。
ぜひこのコラムとあわせて、感想をお聞かせください(担当編集がたまに「キッズファイヤー」でサーチしてます)。

ではまた次回。

キッズファイヤー・ドットコム

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SHOWとしては面白い……

なるほど
  • 海猫沢めろんさん
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    海猫沢めろん

    高校卒業後、紆余曲折を経て上京。文筆業に。『左巻キ式ラストリゾート』でデビュー。『愛についての感じ』で第33回野間文芸新人賞候補。他に『零式』、『全滅脳フューチャー!!!』、『ニコニコ時給800円』 、『夏の方舟』などがある。小説以外でも、エッセイ『頑張って生きるのが嫌な人のための本~ゆるく自由に生きるレッスン』、ルポ『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』など多数。 ボードゲーム、カードゲームなどのアナログゲームを製作するユニット「RAMCLEAR」代表。

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