西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(1)『ディエンビエンフー』誕生のきっかけ

2017/09/08

WRITERインタビュー:Zing! 編集部ピーター/テキスト:トライアウト福井英明/撮影:萩尾智子

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西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(1)『ディエンビエンフー』誕生のきっかけ

漫画家・西島大介さんによる長編漫画『ディエンビエンフー』の完全新作にして完結編となる『ディエンビエンフー TRUE END』第1巻が2017年8月10日に発売されました。ベトナムをデフォルメされた絵で描いた同作は、2004年に「Comic新現実」で連載が始まりました。その後、小学館の「月刊IKKI」の連載から「IKKI」休刊を経て2016年には双葉社「月刊アクション」への移籍と、『ディエンビエンフー』1~6巻の新装版の発売……と、ベトナム戦争さながらの波乱の道のりをたどってきた同作が、ついに『ディエンビエンフー TRUE END』(以下、『TRUE END』)として完結へと向かいます。どのように『ディエンビエンフー』を楽しみ、『TRUE END』を読めばよいのか。作者の西島大介さんに語っていただきました。


「地獄の黙示録」の名シーンを漫画に

――今回『TRUE END』を刊行されるに至った経緯を語っていただきたいのですが、まずは『ディエンビエンフー』が生まれたきっかけを教えてください。

西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(1)『ディエンビエンフー』誕生のきっかけ-画像-01

始まりは2001年ですね。僕が漫画家として単行本デビューする前の話ですが、当時は雑誌のイラストや文章を書く仕事をしていました。その中で、ある編集者から「美少女をテーマにした雑誌を創刊する。6ページ余ったから描いてみない?」と言っていただき、そこで描いた『とらしまもよう』という作品が『ディエンビエンフー』のベースになっています。掲載誌は「COCO」という2号で終わったアスキーの雑誌で表紙は吉崎観音さんでした。

編集さんからは「戦闘美少女をテーマに描いて欲しい」と言われたのですが、とっさにベトコンの女の子がAK-47を持って戦うシーンが頭に浮かんだんです。「戦闘美少女」というテーマで、ベトナム戦争が題材として雑誌でかぶることもなさそうだし、いいなと。作品の下敷きになっているのはフランシス・フォード・コッポラ監督の映画「地獄の黙示録」の名シーン。ワーグナーの「ワルキューレの騎行」が大音量で流れる中、ヘリコプターで村を急襲する所ですね。ささやかな反抗をする村人たちをマシンガンや銃火器で一掃する、映画とはいえ酷いシーンです。でも凄惨なシーンなのに映像があまりに美しくて気持ちが高揚するんですよね。この中で、唯一ベトコン側が反抗らしいことをするのが、校庭のような場所に着陸した米軍のヘリコプターに向かって、手りゅう弾を入れた傘を持って女の子が走っていくシーン。これを「戦闘美少女」と解釈して 漫画にしたのが『とらしまもよう』です。「地獄の黙示録」のあのシーンを何とか描けないかと。でも与えられたページ数が6ページだったので、「僕なりに描いてみた」という感じです。

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――『とらしまもよう』というタイトルにはどういう意味があるんでしょうか?

英語でいうと「Tigerstripe Pattern」で、ベトナム戦争時に米軍が着ていた服の迷彩柄のことです。これを「とらしまもよう(虎縞模様)」と日本語にしたらかわいいんじゃないかと。

物語はその後の角川版やIKKI版の『ディエンビエンフー』主人公のヒカル・ミナミとお姫さま(プランセス)が出会って死ぬという同じ展開になっていて、『ディエンビエンフー』の長大な物語がこの6ページに凝縮されているとも言えます。 掲載ページは2色刷りで、ドンホー版画のようにわざと版ズレさせたようなグラフィックをつくったり、当時僕の家の近くにあったベトナム料理店の看板を引用してみたり、ベトナムっぽさを出しました。

思想性を排除してベトナム戦争を描く

――その『とらしまもよう』から『ディエンビエンフー』が生まれるまでの経緯はどんなものだったのでしょうか。

2004年に『凹村戦争』で漫画家デビューした後、大塚英志さんが編集長の「Comic新現実」という雑誌で漫画を描かせてもらえることになりました。この前身の「新現実」でも別の短編を描いたりしていたのですが、どちらにせよ大塚さんの雑誌は思想的にはかなり左寄り。社会主義・共産主義にとって誇らしいものといえば「ベトナム戦争だ」と考えたんです。

その上で思想誌のような媒体で、ベトナム戦争をどのように描いたら目立つだろう? と考えて、戦争をより軽薄にポップに、思想性を排除して描くのが面白いんじゃないかと。「右も左もありません」という、完全なノンポリを貫いて描こうと思ったんですね。それが「角川版」です。

角川版は2005年に出たのですが、「Comic新現実」がすぐに休刊になってしまって、連載終了。でも1巻分くらいの話数はたまってて、年表も作成していたので、作品としては「終われないな」と思いました。それで編集部に「最低限、『1巻』として出してほしい」とお願いしたのですが、出版業界の慣習上、続く予定のないものに「1巻」とは打てない、という話に。それで「未完」という形で出したんです。

その時に裏テーマがあって、「Comic新現実」から出た作品は「ニュータイプ100%コミックス」として出るんですよ。それなら同じ「ニュータイプ100%コミックス」の『ファイブスター物語』みたいにしようと。冒頭で主人公が死ぬという「ラストシーン」から始まる展開も『ファイブスター物語』と同じなんです。だからベトナム戦争という実際の戦争を借りて、ファンタジーのように歴史をつくってしまおうと。永野護さんのように僕が神さまとなって気ままに歴史を書き直してみよう、みたいな野望がありました。

普遍的なテーマは胸に刺さる

――ベトナム戦争を表現するといっても幅広いテーマが考えられると思いますが、まずどこに心を動かされたのでしょうか。

題材として「ベトナム戦争がいいな」と思ったポイントはいくつかあります。先ほどの『地獄の黙示録』以外にも「フルメタル・ジャケット」や「ディア・ハンター」などベトナム戦争の映画を観ることが多かったのですが、「生きる・死ぬ」という普遍的なテーマはやっぱり心に刺さるんです。他の作品でいうと「風の谷のナウシカ」や「新世紀エヴァンゲリオン」とかにも共通します。

僕の世代では戦争は語り得ないと思っていたし、元々はそういう作品にあまり興味がなかったんです。でもベトナム戦争に注目すると、色々なものが入り混じっているんです。砂漠の戦争だと観ていて飽きてしまうと思うんですが、ベトナムは海も山も、生い茂る緑もある。さらには植民地時代のコロニアル様式の優雅な建物もあります。文化的にも宗主国だったフランス文化や、それ以前の中国文化、戦争時にはアメリカのポップカルチャーなんかが入り混じっていて、画的にもすごく魅力的です。あと、戦争は急には起きないので、1965年~73年だけの対米ベトナム戦争を切り取ったとしても、その前後のストーリーが膨大にあり、題材として豊かです。

フィクションのような現実をどう描くか

――「世代的に語り得ない」と思った戦争を描こうと思ったのはなぜでしょう?

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロのような、一見アニメのようなことが現実に起こったときに、クリエイターは何ができるのか、すごく悩んだんですね。その時はまだ漫画家ではないんだけど、素人の僕なりに考えました。多くのクリエイターが思い悩んだタイミングだと思います。「けっこう破片ってかっこよく飛ぶんだな」とか思いながら、現実の人の死を考えると足元が揺らぐような感覚。それって、「地獄の黙示録」で子供とかを殺しまくってるのに映像がカッコよくて頭がグラグラした感覚と似てるんですね。現実が持っている暴力性に対して、漫画家である私に何ができるか、その結果がデビュー作『凹村戦争』であり、発展形が『ディエンビエンフー』でした。

9.11で現実がフィクションのように感じられて、どうしていいか分からない。だったら、漫画的、アニメ的な創造力をフル稼働させるしかない。悲劇とされているベトナム戦争を、まったく無関係な立場で、アニメーション的、漫画的表現の暴力性を持って歴史を描き変えてやろう、と考えました。

――作品の中でティム・オブライエンの『本当の戦争の話をしよう』の一節が引用されているのも、この考えからですか?

※『ディエンビエンフー』で引用されている一節――

“多くの場合、本当の戦争の話というものは信じてもらえっこない。すんなりと信じられるような話を聞いたら、眉に唾をつけたほうがいい。真実というのはそういうものなのだ。往々にして馬鹿みたいな話が真実であり、まともな話が嘘である。何故なら本当に信じがたいほどの狂気を信じさせるにはまともな話というものが必要であるからだ。”
(ディム・オブライエン著/村上春樹訳『本当の戦争の話をしよう』文春文庫)

そうですね。「現実に対して、想像力でどう立ち向かうか」というのがこの作品の発想のひとつです。「本当の戦争と想像力で戦争するぞ」という気持ちは常にあります。だから角川版を出して、IKKI版の途中まではベトナムを直接取材せず、二次的な資料、批評や小説、観光案内や料理本、「ベトナム」と書名にあれば何でも読んでいました。そうすると、戦争の良い・悪いだけではなくて、もっと立体的に「ベトナム戦争」を知ることができる。ティム・オブライエンの『本当の戦争の話をしよう』もその中の一冊です。

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僕は今日、ベトナムの民族衣装っぽい恰好をしていますけど、なぜホー・チ・ミンが米軍のゴムタイヤをリサイクルしたサンダルに質素な服装で公式の場に来るのか、とか、戦争や悲劇というわかりやすいテーマを超えて「イメージ」について論じている本もあって、それがすごく面白かった。生井英考『負けた戦争の記憶―歴史のなかのヴェトナム戦争』『ジャングル・クルーズにうってつけの日―ヴェトナム戦争の文化イメージ』や、ティム・オブライエン『ニュークリア・エイジ』の村上春樹による膨大な註釈とか。戦争を「良し悪し」「悲劇」だけで語るのではなくて、例えば米軍の兵士のモニュメントが、なぜこんなデザインなのかを論じていたりする。アート的に見ているし、カルチャーとして見ている。政治性を超えて戦争を考えている文章が好きです。

だから、『ディエンビエンフー』で引用しているオブライエンの言葉は、9.11でクリエイターが途方に暮れている状況をベトナム戦争 当時に既に言い表しているんだなと思いました。よりによってベトナム戦争に従軍した当事者オブライエンが「伝えられない」と言っている。9.11で途方にくれていた僕は、オブライエンのこの文章を読んだときに「OKが出た」「お墨付きをいただいた」と勝手に解釈したんです。人に伝える以上は言葉が必要だけど、その言葉自体にまったく信用を置いていない。それでも言葉を紡ぐというのは勇気のいることだし、とても誠実だなと感じましたね。

90年代に『新世紀エヴァンゲリオン』をつくられた庵野秀明さんも「自分はパクリのパクリの世代だけど、それでも作品をつくる」と自戒のように語っていたのと同じで、これは自分が作品をつくる動機になり得るな、と思ったんです。

当事者性のないテーマを描ける平和

――そういう「虚構と現実」「本当と嘘」「本物と偽物(コピー)」というものって『世界の終わりの魔法使い』など他の作品も含め、西島さんの根底にあるものではないでしょうか。

『世界の終わりの魔法使い』の主人公ムギは、実は「影」という複製人間でどうも現実らしくない人生を生きている。それでも僕は僕なんだと自我を得ようとする。そこに価値が有るのか無いのか、という話になるけど、僕は有ると肯定したい。これは先ほどの庵野秀明さんの話と同じで、庵野さんの世代ですら劣化コピーを理由に作品をつくれなくなるのであれば、その後続の僕たちはどうしたらいいのか。「複製でもクリエイトしていいのでしょうか?」というテーマの作品でもあります。

――漫画家として、すごく誠実な姿勢ですよね。

そもそも漫画家になれている状況が奇跡という感覚なんですけどね。自分の絵柄はシンプルで可愛すぎて、リアルな戦争やシリアスな恋愛ものを描けるものじゃない。アートコミックやイラストレーションの連続は描けるかもしれないけど、自分が読んできたようなSF小説とかハリウッド映画のような作品はつくれない。どうやったら、こんな絵で世の中の不条理を描けるだろうか、という疑問がデビュー前に長くありました。

――それは逆に西島さんの強みというか、その絵柄だからこそベトナム戦争の嘘のような現実を描けるのではないか、と僕は思いました。

描けているなら嬉しいです。実在する戦争を下敷きにしているから、現実からは逃げられない。歴史の年表から出ることはない。そこが特異なところかもしれませんね。『世界の終わりの魔法使い』とかは僕が作った年表なので何とでもできるんですが、『ディエンビエンフー』ではそれができない。

また、描いた当時は、当事者性の塊のような戦争作品が嫌だなという思いがありました。「体験した人にしか語れないのか?」という疑問というか。自分が何の関わりもない戦争を、好き勝手に描く暴力性が許される世界こそが平和なんじゃないかという気持ちがありましたね。一周してしまった解釈の平和なので、分かりにくい解釈なのですが。ベトナムに何の縁もない僕がベトナム戦争を描けることこそ、平和だと思うんです。

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