辞書マニアが語る、意外と知らない辞書の読み方

2017/09/27

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WRITERながさわ

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辞書マニアが語る、意外と知らない辞書の読み方

最近、辞書を引いてますか? スマートフォンやパソコンで気になる言葉を検索すればインターネット上のページで知ることができるので、なかなか紙でも電子書籍でも、辞書を引く機会は減っているかもしれません。しかし、しっかりとした編集をされた一冊を自分で買って言葉の意味や表記を調べることは、言葉について考える良い機会でもあります。分厚い辞書はその膨大な文字数のなかでも色々な記号を使って私たち読者の言葉づかいへの理解を深める工夫がされています。今回はそのことにより意識的になれるように、自他ともに認める辞書マニア・ながさわさんに語っていただきました。


小学4年生のとき、毎週漢字の小テストがありました。問題の文はあらかじめ決まっていて、担任の先生がその短文を読み上げるのに合わせて、覚えてきたとおりに書けばいいというものでした。問題は10問で、10点満点。ですが、頑張れば20点まで取ることができました。各文中にひとつずつ出てくるまだ漢字を習っていない言葉でも、正しく漢字で書くことができれば、ボーナスポイントをもらえたのです。

点数に応じて、先生はシールをくれました。クラスのライバルたちとシールの枚数を競い合って、せっせと難しい漢字を勉強したのを思い出します。負けず嫌いな子供の学習意欲を刺激する、いい指導法でした。

さて、ある日のテストで漢字でどう書くか知らない「いたずら」が文中に登場しました。むろん、「悪ふざけ」の意味です。辞書を引いて覚えていったのは「徒」の字。自信満々だったのですが、この字に丸はもらえずボーナスポイントは無しでした。

何が間違っていたのでしょうか。

辞書の読み方が間違っていたのです!

意外と間違っているかもしれない、辞書の読み方

このとき引いたのは『広辞苑』です。どのように書かれていたのでしょうか。当時は旧版でしたが、ほとんど記述は同じですので最新の第6版から引用してみます(読み仮名は省略。以下同じ)。

いたずら【徒】イタヅラ
(1) 用事がないこと。ひま。土佐「舟も出さで―なれば」
(2) 無益。無用。役に立たないこと。つまらないこと。源薄雲「―なる野辺の虫をも住まはせて」。「―に金を費やす」
(3) むなしいさま。特に、死ぬさま。
(4) (「悪戯」と書く)無益でわるいたわむれ。わるふざけ。わるさ。手すさびを謙遜していうのにも用いる。狂、太刀奪「色々―をいたしまする」。「子供の―」「―な園児」「ちょっと―してみました」
(5) 性的にみだらな行い。
(6) 男女の私通。不義。浄、国性爺「唐の后―して流されたものぢやわいの」
――『広辞苑』第6版

さすが大きな辞書だけあって、詳しい記述です。ところが当時の私は、表記の欄である【】の中に「徒」とあるのだけを見て満足してしまい、(4)にはっきり「無益でわるいたわむれ」の意味では「『悪戯』と書く」と書いてあるのに気が付かなかったのです。

ただ、『広辞苑』の書き方が不親切であるという指摘も当たっているでしょう。もし小学生のときの私が『広辞苑』ではなく『三省堂国語辞典』を引いていたら、ぶじボーナスポイントがもらえていたはずです。

いたずら[(:悪戯)]イタヅラ(名・自サ・形動ダ)
(1) かるい気持ちでするが、人にめいわくをかけること。わるさ。「―っ子・―気のある子」
(2) 「他人への わいせつ行為」の、以前の言い方。
――『三省堂国語辞典』第7版

『三省堂国語辞典』では、『広辞苑』が言うところの「無益」の意味のほうは、「いたずらに」という形で別の項目になっています。

いたずら に[(▽徒らに)]イタヅラ-(副)
むだに。無益に。「―苦労するだけだ」
――『三省堂国語辞典』第7版

ところで、『三省堂国語辞典』の表記の欄にある、「:」や「▽」が何を意味するか、ご存じでしょうか。みなさんのお使いの辞書にもたいがいこれに類する記号があちこちに付いているかと思いますが、意識したことはありますか。

私たちが辞書を引く目的のひとつに、「その語の書き表し方を知りたい」というものがあります。最大の目的といってもいいかもしれません。辞書は限りある紙幅の中、利用者の要望にこたえ、さまざまな記号を駆使して表記に関する情報を盛り込んでくれています。しかし、記号の意味を深く考えず、漢字だけを見て「こう書けばいいのね」と満足してしまっている人が、案外多いのではないかという気がします。

今一度、辞書が言葉の表記について何を教えてくれているのか、実際の辞書の書き方を見ながら確かめてみましょう。もしかすると、みなさんも辞書の読み方を間違えていたことに気づくかもしれません。

〈表外字・表外音訓〉

たいていの辞書で示されているのが、その漢字が常用漢字かそうでないかという情報です。

やひ【野卑・野×鄙】〘名ナノ〙
下品でいやしいこと。下卑ていること。「―な言葉を投げつける」[派生]-さ
――『岩波国語辞典』第7版新版

2つ目の表記として挙げられている「野鄙」の「鄙」に×印が付いていますが、これは「鄙」の字が常用漢字でない(「表外字」といいます)ことを示しています。「バツがついているので、今は使われない表記だと思っていた」と言っている人に会ったことがありますが、そうではありません。常用漢字表はあくまで「目安」を示すものであって、個々人の表記を制限するような性質のものではありませんから、「やひ」を「野卑」と書くか「野鄙」と書くかは、各個人の判断に任されます。ただし、常用漢字表に従うことを決めている新聞などでは「野卑」が普通で、一般にも「野鄙」では伝わりづらいだろうということなどが×印から推測できます。

中には、表外字を用いた表記のほうが表記形の中で優先されている、以下のような語もあります。

にわかきょうげん にはか‥【×俄狂言・仁輪加狂言】
座興のために行う、茶番狂言。▽もとは即興的に演じたものだったので「にわか」と言う。
――『岩波国語辞典』第7版新版

この場合、漢字で表記するなら、表外字を用いていても「俄狂言」のほうが一般的と『岩波国語辞典』は判断しているようです(ただし、凡例では「表記形がいくつかある場合は並べてあげた」とのみ記されています)。

表外字を示す記号は辞書によって異なります。『岩波国語辞典』のほか、『三省堂国語辞典』や『集英社国語辞典』などは「×」印、『現代国語例解辞典』『明鏡国語辞典』では「▼」印、『新明解国語辞典』では「〈」印です。

また、常用漢字であるもののその音訓が常用漢字表では示されていないもの(表外音訓)にも、特別な記号が付けられている場合がほとんどです。

すず-なり【鈴◇生り】
(鈴がたくさんついている神楽鈴のように)
(1) 木の実や果実などがいっぱい実っていること。「―の柿」
(2) 多くの人が一か所に群がっていること。「―の観客」
――『旺文社国語辞典』第11版

「生」は常用漢字で、常用漢字表ではその訓として「なま」や「うまれる」などが挙げられているのですが、「なる」はありません。こういった表記も、ひと目でそうとわかるようになっています。

ちなみに、『広辞苑』にはこの種の記号が一切ありません。国語政策には与しないという硬派な立場ですが、実用には不向きと言うことができます。

〈熟字訓〉

2文字以上の漢字全体にまとめてあてた訓を「熟字訓」といいます。「大人(おとな)」「下手(へた)」「二十歳(はたち)」などがこれにあたります。「下手」は「下」を「へ」、「手」を「た」と読んでいるわけではなく、あくまで「下手」と書いて初めて「へた」と読めるということです。

これも、多くの辞書で、それとわかるように示されています。

さ-つき【〈五月〉・×皐月】
(1) 〔雅〕陰暦五月。[参考]太陽暦の五月にも言う。
(2) 「サツキツツジ」の略。ツツジ科の常緑低木。五?六月ごろ、紅・白・紅紫色や絞りなどの花をつける。
――『学研現代新国語辞典』改訂第5版

『学研現代新国語辞典』では、〈〉内の表記にあてられる読みが、熟字訓であるとわかるようになっています。「月」を「つき」と読むのだから、「五」は「さ」と読むのか、などという誤解はしなくて済みます。「五月」でまとめて「さつき」なのです。

さて、ややこしいことに、熟字訓であるにもかかわらず、その表示がない場合もあります。『集英社国語辞典』でも「さつき」を引いてみましょう。

さ つき[平]【五月・×皐月・△早月】
(1) 陰暦五月の異称。(夏)
(2) 「皐月躑躅」の略。(夏)
――『集英社国語辞典』第3版

「五月」の表記には、特に記号が付いていません。いちいち例は挙げませんが、『三省堂国語辞典』や『旺文社国語辞典』も同様です。

なぜかといえば、これらの辞書は、常用漢字表の付表に示されているものには特別な記号を付けないというルールを採用しているからです。常用漢字表には、常用漢字2136字とその音訓などを示した「本表」のほかに、「1字1字の音訓としては挙げにくい」語を列挙した「付表」があり、ここに「大人」「五月」「二十歳」など多くの熟字訓が示されているのです。

熟字訓のたぐいは日本語の表記の方法として古くから採用されていましたが、戦後の国語政策では規範的な表記とは認められませんでした。辞書が熟字訓に特別の記号を与えているのも、標準的でない表記であると注意をうながす役割を果たすためという側面があるように思います。そこへいくと、常用漢字表の付表に挙げられているのは、いわば「お墨付き」を得た熟字訓。これらを特別扱いする辞書があるのもうなずけます。

しかし、常用漢字表の付表にある熟字訓が熟字訓であるとわからないような書き方も少々不便です。『明鏡国語辞典』のように、付表にある語は《》、それ以外の熟字訓は〈〉と別々の記号を与えて区別している辞書もあります。

〈送り仮名〉

学校のテストなどで、送り仮名を厳しく採点された経験がある人は多いようです。私自身も、「『おこなう』は『行なう』ではなく『行う』だ」「『おわる』は『終る』ではなく『終わる』だ」などと何度か指導されました。しかし、「行なう」「終る」の表記も実際の文章などでしばしば目にするような気がします。辞書にお伺いを立ててみましょう。

『三省堂国語辞典』を引いてみると、たしかに「行う」「終わる」の表記しかありません。

おこな・う[行う]
――『三省堂国語辞典』第7版
おわ・る[終わる]
――『三省堂国語辞典』第7版

しかし、これは少数派。他の多くの辞書では、「行なう」「終る」の形も併記しています。

おこな・う【行う(行なう)】
――『新選国語辞典』第9版
おわ・る【終〔わ〕る】
――『旺文社国語辞典』第11版

それぞれの辞書が送り仮名をどう扱っているか理解するのにも、やはり国の国語政策について多少知っておく必要があります。

本来、送り仮名の送り方に統一的な決まりというのは存在せず、慣習により、色々に送られてきました。現在実質的に規範として働いている内閣告示「送り仮名の付け方」も、常用漢字表にもとづいて表記する際の送り仮名の付け方のよりどころとなるよう定められたもので、常用漢字表と同じく、個々人の表記を制限する性質のものではありません。また、「本則」を定めながら、幅広く「許容」を認めるというゆるやかな決まりになっています。

「おこなう」「おわる」の場合、内閣告示「送り仮名の付け方」では、「行う」「終わる」が本則で、「行なう」「終る」も許容とされています。辞書の多くは、これに従う形で、両者を併記しているのです。

面白いのは『新潮現代国語辞典』で、内閣告示「送り仮名の付け方」に例がある表記は、特別に[]でくくっています。

おこな・う【[行う・行なう]】
――『新潮現代国語辞典』第2版
おわ・る【[終(わ)る]】
――『新潮現代国語辞典』第2版

「おこなう」が「行(な)う」でないのは、「行う」が本則で「行なう」は許容であるということを示しています。しかしこれも辞書によって異なり、『新明解国語辞典』や『学研現代新国語辞典』は「行(な)う」となっています。

さて「送り仮名の付け方」はあくまで常用漢字を書き表すときの決まりですから、表外字・表外音訓の送り方のよりどころとなるものはありません。すると、辞書によって送り方が異なる語も当然現れてきます。

たとえば、「あかし」は「証」でいいのか、「証し」と「し」を送るべきなのか迷ったとしましょう。辞書を引いてみると『岩波国語辞典』『現代国語例解辞典』などでは「証」、『三省堂国語辞典』『明鏡国語辞典』では「証し」というように揺れています。もちろん、どちらでもよくて『新明解国語辞典』では「証(し)」と示されています。

仮名で書くか、漢字で書くか

辞書を引けば、難しい漢字表記がたちどころにわかります。「おびただしい」は「夥しい」と書くのか。「しゃがれる」は「嗄れる」か。「ぼかす」は「暈す」なんだ。しかし、だからといって、普通の文章でこれらを漢字で書いてしまうのは読みにくいようにも感じられます。「この字は仮名で書いてもいい」あるいは「仮名で書いたほうがいい」という情報が辞書にはないので厄介だ、そう思い込んでいる人も多いのではないでしょうか。

そんなことはありません。たとえば『現代国語例解辞典』は、仮名書きが標準的であると判断した語では、その表記形を()でくくっています。

[ぼか・す(▼暈す)]
――『現代国語例解辞典』第5版

「ぼかす」は、あえて漢字で書けば「暈す」だが、仮名書きが標準的だと教えてくれています。実際に表記をする上でこれほど参考になる情報はありません。

『三省堂国語辞典』も同様に、「仮名で書いてもいい」あるいは「仮名で書くほうがいい」表記形を()でくくっています。はじめの「いたずら」に戻ってみましょう。

いたずら[(:悪戯)]
――『三省堂国語辞典』第7版

表記が()でくくられていますから、「いたずら」はわざわざ「悪戯」と書かずとも、仮名で表記してよいと判断できます。なお、『三省堂国語辞典』で「:」は、常用漢字表の付表にない熟字訓を意味します。

〈まとめ〉

国語辞書は、わずかなスペースにみっちりと情報が詰まっています。しっかり読み取らねば損というものです。また、辞書によって示している情報が違っていますから、自分の求めているものがどれか、よく引き比べるのも肝心です。

各辞書における記号類の意味は、巻頭の凡例で丁寧に説明されています。まずはしっかり目を通してみましょう。これまでより上手く辞書を活用することができるはずです。

辞書って一冊でもいいやって思ってたけど色々読み比べるのも楽しそうね

ほほえみ
  • ながさわさん
  • WRITER

    ながさわ

    一介の辞書コレクター。暇さえあれば辞書を引いている。「四次元ことばブログ(http://fngsw.hatenablog.com/)」で辞書や言葉について発信中。

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