続・アングルと視点のゆらぎ「私たちの気付かない漫画のこと」第5回

2017/11/15

WRITER泉信行・西島大介

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続・アングルと視点のゆらぎ「私たちの気付かない漫画のこと」第5回

漫画研究家・泉信行さんが、漫画家・西島大介さんの挿絵とともに、いつも私たちが読んでいる「漫画」のイメージや、見え方が変わるような視点をお伝えしていきます。

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読み順の流れ、読み順に逆らう流れ

前回では、キャラクターの向き(アングル)によって読者との「距離感」が変わるんだということを簡単にまとめてみました。
「左に向かって読み進める」縦書き漫画の場合……、左向き(コマの右側)を順位置、その反対の右向き(コマの左側)を逆位置とした一覧がこちら。

「右側の左向きアングル」を「順位置」、「左側の右向きアングル」を「逆位置」

同じように、漫画の読み順に合っているか、逆らっているかで「アクションの効果」も対照的に分けることができます
それは連載の第1回第2回でも紹介した、「左向きに勢いが加わる」錯覚から生まれるもの。そちらも一覧にしてみましょう。

「左向きに勢いが加わる」錯覚

あまり意識されていないのですが、漫画とは、この「順」と「逆」の効果を巧みに組み合わせていくことで、その場面や展開にふさわしい構図を作り、読者を漫画のなかに引き込んでいく面白さがあります。

どのキャラクターを中心に描くのか? 反対に、客体として描くのはどのキャラクターか? それらは漫画だから可能な表現によっても変化するのです。
前回、アングルというキーワードで紹介した「視点」のお話について、今回はその応用へと進みます。

目線の錯覚

その表現において、重要なのが「キャラクターがキャラクターを見る」という要素。距離を感じる「客体的なキャラクター」という存在も、「誰かに見られる」ことで生まれると言えるからです。
実はこの「見る/られる」という漫画の表現でも、「読者の錯覚」が多く利用されています。
それは漫画ではないメディアでも多用されていることなので、ポスターやTV番組を例に確かめてみましょう。

たとえば、怪獣映画のポスターでもよく見かけるこんな構図。

どこに「錯覚」があるのか、わかるでしょうか。そう、手前の登場人物は画面の中心(怪獣)を見ているかのようですが、実際は人物の背後に目線は通らないはずなのです。

私たちも、「実際にこの位置から見ているわけではない」と理解しつつ(写真を切り貼りしたもの=コラージュだとわかる)、それはそれとして「本来は見ていないはずの背後を見ている気がする」という錯覚も自然に受け取り、その感じ方をわざわざ疑うことはしないでしょう。

この錯覚は日常的に、全国で放送されているTV番組でも利用されています。
TV用語で「ワイプ」と呼ばれている、スタジオ出演者の顔を映した「小さな窓枠」を端っこに表示させる演出がまさにそう。
意外と、ワイドショーやニュース番組などの画面構成はコマ割りっぽいものが多いので、注目してみると面白いです。

ワイプ

図解Bでわかるように、ワイプの出演者が実際に眺めているのはスタジオに設置されているであろう、別のモニターですが、「テレビ画面の奥を見ながらリアクションしている」と視聴者が思うように狙った構図でしょう。

なぜそんな錯覚をするのかというと、そもそも人間には「自分が見ているものを他人も見ているのだ」と思い込む性質があるからだ、と考えられます。

私たちの幼児期では、それが主な世界認識となっているようです。かくれんぼの「頭隠して尻隠さず」の状態のように、小さな子どもは「他人にはどう見えるはずなのか」をイメージする能力がまだ発達していません。自分が頭を隠して視界が塞がれているなら、周囲の人が自分を見ようとしても視界が妨げられるはずだ……、と安心するように。
幼児は自分の見ている風景(角度によって見え隠れする建物など)に対して、「違う角度(視点)からは何が見える?」と質問された場合、地図から見た位置関係がわかっていても、「自分の視点から見えているものが見える」と答えたりもします。

また、他人の目線を追って「どちらを見ているか」を当てる「視線追従」(「視線検出」とも)の能力も、生まれつき持っているのではなく、生後じょじょに発達していくものと考えられています。
人間の目は「白目の部分」が多いため、他の動物よりも「瞳の向き」が他者に伝わりやすく、視線検出によるコミュニケーションに適した進化をしてきたとも言われます。でも人間は成人してからでも、映画のポスターやTV番組のワイプで感じるように、「実際に見ているはずの向き」を正しく認識しないことが多いんですね。どうやら「自分が見ているものと同じものを見ているのだ」と、錯覚する能力を残しているようなのです。

視線が合わなくても、見ている

錯覚する「能力」と言うように、この性質は「未熟な欠陥」でもなく、むしろ漫画にとって役に立つ能力だと考えてもいいでしょう。
つまり漫画では、「立体的に正しくキャラクターの視線(アングル)が合っていなくても」「だいたいの方向が合っていれば」、コマに描かれたものをキャラクターも見ている、と読者に思わせやすいからです。

ギャグ漫画の「ツッコミ」「リアクション」が描かれるコマでは、手前にリアクションするキャラ、その奥(コマの中心)にツッコまれるキャラ、という構図が好まれますが、手前のキャラクターは「コマの中心に目を向けているだけで顔は奥を向いていない」……という風にもよく描かれます。怪獣映画のポスターと同じで、手前のキャラクターの表情を同時に見せやいからでしょうね。

たとえばこの表紙イラストは、背後のキャラクターがどんな様子をしているのか、「直接見ないで(声だけ聞いて)反応している」ようにも、「見ながら反応している」ようにも感じられるリアクションの描写でしょう。

そしてギャグシーンじゃなくとも、「背後にあるイメージ」を指差したり、見たりするような構図は、ごく自然に描かれます。

漫画のキャラクターは「三次元的な空間内」で視線を注ぐ必要はなく、「二次元的な平面上」で視線が対象に向かっていればよい、とも言えるでしょう。

漫画だから表現できる「主観の視点」

「平面上の視線」は、コマをまたいだ構図でも有効

この「平面上の視線」は、コマをまたいだ構図でも有効です。そのため、上の図のように、45度ナナメを向いた顔を並べることで、「正面から向き合っている」ニュアンスを表すコマ割りも多用されます。
向かい合っているからといって、横顔で描く必要がないのは、「読者から見えるものをキャラクターも見ている」と感じる錯覚があるからこそ。

さらに言えば、相手の顔(表情)はナナメからしか描いていないのに、まるで「正面から覗き込んでいる」という感覚まで与えることが可能です。

「正面から覗き込んでいる」という感覚まで与えることが可能

それは、読者にとって漫画のコマというものが、「視線のアングルを傾けて読むもの」だからでしょう。ナナメ顔であろうと「正面から視線を注いでいるような気にさせる」のが漫画の面白さです。

映画、アニメなどの映像作品では「主観ショット」と言って、キャラクター同士が見つめ合う場面などで「見られているキャラクターの正面顔を映す」カメラワークの演出が行われます。キャラクターの正面から映すことで「見つめているキャラクター」の主観であることを示すのですが、漫画のユニークなところは「ナナメ顔でも主観ショットに近い効果を演出できる」という点です。

これを泉信行の漫画論では、主観ショットに準じる(近い)構図、という意味で「準主観ショット」と名付けています。

この準主観ショットは、とある漫画がアニメ化される際に、「漫画のコマをそのままアニメの構図にしてはいけない」と言ってよい要素でもあるでしょう。
もし好きな漫画がアニメになった時、原作の準主観ショット(ナナメ顔で「見られている」コマ)をどう「再現」しているのか? に注目してみるのも興味深い見方となります。
映画的に、正面からの構図(主観ショット)へと「翻訳」しているのか? それとも、愚直にナナメ構図のままトレースすることで「準主観ショット」のニュアンスを消してしまっているのか?

映像のカメラワークでも、「(左右逆の)ナナメ顔を交互に映す」ことでキャラクター同士が向き合う位置関係を表現することはあります。ですがその時の「視点」は、どちらのキャラクターの視点とも言えない、中間にあるカメラから映したような、第三者の視点……「客観ショット」のニュアンスが強まるでしょう。映像の視聴者は、基本的に画面を「正面から」眺めるのですから。

漫画のコマを忠実に映像化することで、むしろ原作のニュアンスを改変してしまうことだってある、ということ。
それは漫画をアニメ化しようとする人たちが、どのくらい「漫画表現」を理解できているか? 意識して気付けているのか? をうかがい知れるポイントでもあります。

アングルと視点のゆらぎ

そして、「読者のアングル」が視点に影響するように、「物語上の視点」が読者のアングルに影響する……という逆の現象についても体験してみましょう。

前回の記事でも触れたように、漫画の「視点」はアングルの表現だけでなく、心理描写や、絵柄のコントロールなどによっても揺れ動きます。

つまり、ここからがまた漫画の奥深さなのですが「それまで主観的に描かれていたキャラクター」が突然、逆位置で登場することもコマ割り表現ではごく自然に行われるでしょう。
そうすると物語上の流れから「逆位置の視点で読む」という体験が発生し、その時のアングルが反転することにもなる……。
特に、「右と左」を分けた構図ではなく「手前と奥」に分かれた構図でもある場合、「手前の視点から見る」アングルが誘われやすくなります。

右奥へ視線が向くことで、反転する読み方を誘う

たとえば、第3回で読んだこのコマ割りとかも!

黒髪の少年が「え?」と振り向くと同時に、右奥へと視線が向くことで、読者のアングルも一瞬、反転する読み方を誘うでしょう。

「受け身」となる逆位置でありながら(「待てい」という呼び声と、モノローグによるメッセージで主導権を奪っているのは右奥のキャラクターです)、「客体」になりきっているわけでもなく……、視点としては「手前から奥を見ている」という、重層的に読めるコマになっているんですね。その時に、漫画の「主体」と「客体」が混ざり合う

さらに「アングルの反転」は、漫画を読み進めるスピードを一時的に停滞させる効果を与えたり、「右下(下段)にある次のコマ」への視線移動をうながしやすくしたりするなど、コマ割りの表現としても細やかな活用が可能です。

漫画のコマ割りは立体的

漫画を読んだり、描いたり、研究したりする上で無意識で気付かれにくいのは、コマに対する読者の視点は立体的だということだったりします。

漫画の紙面(原稿)は平面ですから、「平面で読んでいる」と思い込みがちなのですが、実際は「読者の目」と「紙面」をつなぐ「目線」は常に傾いたりして、立体的にうねり続けています。

今回、「漫画のキャラクターの視線は平面上でつながっていればよい」とも結論していましたが、それは「漫画のキャラクターたち」は平面上でつながっているから。
でも、三次元空間で漫画を手にする私たちは、立体的な持ち方・眺め方をして漫画と向き合っています。

もっと言えば、漫画が載っている「本」や「携帯端末」「パソコンモニター」なども、立体的に傾く存在で、特に「本」は真ん中が谷折りになっていますから、つねに微妙な「角度」を私たちに感じさせるメディアです。

たとえば右斜めから、左斜めから……と見る角度を変えるだけでも、漫画を読む印象は細やかに変わります。ぜひ、自分でも「視線という線」をイメージで思い描きながら、好きな漫画を読み返してみてください。実は「漫画を読む」にも色んな角度がありうるのだと……。

読者によって、読むスピードや読み飛ばし方によって、キャラクターの印象が違ってくる(解釈がズレる)というのも、その眺め方が原因になっているのかもしれないのです。
それは単に「多角的な視点で見る」といった比喩の話でもなく、とても空間的な視点(位置や距離)の話なのだと、気付くこともできるでしょう。

コックピット内のモニター同士で振り向いて会話をする

さて次回では、「コマ」を眺める視点が「ページ」の広さまで拡大します。
かぎられた広さのページいっぱいを用いて表現するのが、漫画のコマ割り。そこに存在する、多段階のフレームとは……?

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  • 泉信行さん
  • WRITER

    泉信行

    漫画研究家、ライター。2005年頃から、漫画表現論の研究発表を行う。同人誌『漫画をめくる冒険』上下巻の発行の他、漫画に関する仕事では『マンガ視覚文化論』(水声社)、『藤田和日郎本』『皆川亮二本』(小学館)への寄稿などがある。
    http://d.hatena.ne.jp/izumino/

  • 西島大介さん
  • WRITER

    西島大介

    漫画家。2004年『凹村戦争』でデビュー。『世界の終わりの魔法使い』『すべてがちょっとずつ優しい世界』など作品多数。「月刊IKKI」休刊により未完となった『ディエンビエンフー』が双葉社「月刊アクション」に移籍。完結を目指し『ディエンビエンフー TRUE END』第1巻を2017年8月10日刊行。「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」主任講師も務める。
    https://daisukenishijima.jimdo.com/

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