Vol.28:「マスターズのブランディング力」

  • 「マスターズ」と言えば、たとえゴルフに熱心なファンでない人でも、名前ぐらいは聞いたことと思います。
    「マスターズ」は誰もが知っている、権威あるゴルフトーナメントとして、ブランド認知させることに成功しました。

    今年の大会は、新型コロナ感染拡大の影響により、通常の4月開催ではなく、11月開催でしかも無観客といういずれも史上初での開催となりましたが、特別なトーナメントとして、世界中の人たちに認知されることがいかに凄いことなのかを、皮肉にも再認識させられることになりました。

    世界中で数あるゴルフトーナメントの中で、メジャーと言われる大会は全部で4つであります。その全てが特別で権威があって、他のトーナメントとは全く別物だと言えますが、その中でもマスターズは特別なのです。

    今回のコラムでは、パトロン(マスターズでは観客のことを「パトロン」と呼ぶ)抜きで開催された今年のマスターズの結果についてではなく、偉大なトーナメントとして君臨してこられた理由、そして今回、通常のフォーマットとは異なり、多くの部分をカットして開催したことで、逆にマスターズの凄さが浮き彫りになった点などについて解説したいと思います。

  • 通常、トーナメントを成功させるためにはたくさんの要素が必要です。
    賞金の規模はもちろんのこと、トップ選手たちの参加、大会の歴史や権威、ゴルフコースの協力、コースの素晴らしさとコンディション、名物ホールの存在、ギャラリーの受け入れ態勢、街の協力体制、大勢のボランティアの協力、劇的な終わりが生まれるセッティング等々。
    料理で例えるならば、相当多くの食材が必要となるのですが、マスターズに関しては、これらの要素が全て揃い、完全に毎年ルーティーン化され、長年運営されてきた唯一のトーナメントと言えるでしょう。

    “この時期になるとマスターズ!”という風物詩的な存在感。
    ピンの位置も4日間、毎年ほぼ決められていて、プレーの仕方までもが、プレーする側と観る側に共通の認識があり、どこにボールが落ちるとピンに寄るのか、あるいは池に落ちるのか、パトロンや視聴者までが完全に把握しています。
    1打1打、選手たちの意図や覚悟をパトロンが理解しているからこそ、観ている楽しさや興奮が何倍にも膨れ上がるのです。
    選手たちも、スコアボードを見なくとも、パトロンの反応を見ていれば試合展開が読めると言ってよいほどで、まるでコンサート会場の様に一体感を作り出して楽しめるのがマスターズなのです。

    マスターズでは、コース内のパフォーマンスばかりでなく、コース以外の場所でもマスターズ文化が築かれてきました。

  • ご存じの通り、マスターズへの出場が決まると、直接、選手たちに招待状が郵便で届きます。
    今の時代、メールで一斉送信したら、全選手に数秒で簡単に連絡ができるのに、招待状をわざわざ郵便で送るのです。
    選手たちは、単に試合に参加できるという通知を受け取っているわけではありません。マスターズからの招待という光栄感を受け取っているのです。
    選手にとって、招待状が届く意味、光栄さ、特別感、全てスペシャルです。

    観戦チケットも、マスターズは例年、とんでもない値段がつきます。
    宿泊費と、練習日を含めた通しの観戦チケットを合わせて、1人100万円を超えるツアーはざらにあります。
    アメリカ国内に住んでいる者からしても、正直、ジョージア州のオーガスタという場所は、決してアクセスのよい場所ではありません。特に海外から来られるファンは尚更だと思います。それでも世界中からゴルフファンが、かなりの労力と時間をかけ、いくら払ってでもマスターズにだけは、生涯一度ぐらいは絶対行きたい!と思わせる特別な何かがあるのです。

    マスターズにはオリジナルの曲もあります。
    https://www.youtube.com/watch?v=f_WB971gh-w
    この曲を聴くとマスターズの権威、歴史、青々としたフェアウエー、高速グリーン、歴代の名場面が自然と連想させられます。
    これはアンカーリングという心理学用語にもある言葉ですが、我々が思い入れのある卒業式シーズンの音楽を聴くと、瞬間的に昔に戻されて感傷的になるのと同じです。

    マスターズには、グリーンジャケットと呼ばれるチャンピオンジャケットがあります。
    よく考えたら、普通はグリーンジャケットと言ったら緑のジャケットを指すべきなのですが、グリーンジャケット=マスターズのチャンピオンが着るジャケットと誰もが分かります。

    現代の私たちの必需品であるスマートフォンも、一時期、全てのPGAトーナメントで禁止され、会場入口で預ける必要がありましたが、何時間もスマートフォンを見ずに過ごすことは現実的ではなく不都合だとの声に押され、やがてコース内への持ち込みが認められ、今やプレーを妨害しなければ写真撮影すらも認められています。
    しかしながら、マスターズだけは今もなおNGです。練習ラウンドではコース内を撮影することができますが、公式ラウンド中はスマートフォンの持ち込みはできません。
    普段のトーナメント中継では、ギャラリーが映ると皆が一斉に携帯で撮影している様子を見ることができますが、マスターズではそれがありません。
    この試合だけは、他の試合とは違うという特別感をここでも作っているのです。

    マスターズに招待された選手たちも、世界中から観戦に訪れるパトロンたちも、マスターズ期間中は全てが日常とは違うスペシャルな出来事なのです。