お坊さんに天使!?増殖し続ける「飛び出し坊や」、発祥の地を訪ねてみた。

初代は団子鼻!?“発祥の地”の証拠を見た!

飛び出し坊や

東近江市福祉センターハートピアの一室。
ここに、いかにも貴重そうな帳面があります。

飛び出し坊や

めくると、「昭和48年度事業実施報告」とあり・・・

飛び出し坊や

その中に、「とび出し人形の設置」の文字。
そう、これは、昭和48年に飛び出し坊やが作られたという物的証拠なのです。
「久田工芸さんにも、とび出し人形の受注を示す書類が残っていました」と眞弓さん。

当時、日本は高度経済成長期。車の交通量が急増し、交通事故が多発していました。
そこで、子どもの飛び出し事故を防ぐために、福祉協議会の相談を受けて
久田工芸さんが考案したのが、飛び出し注意を促す看板「飛び出し坊や」。
最初は、男の子と女の子をかたどった2タイプ、計11体だったそうです。

飛び出し坊や

これが昭和48年の写真。つまり、日本初の「飛び出し坊や」です。
初代は団子鼻!
2~3年して、いまのデザインに落ち着いたのだとか。
場所は野々宮神社前。奥には女の子バージョンも見えます。

飛び出し坊や

女の子はなぜかスタイリッシュですが、
一本眉毛(前髪に隠れている)が怖いとのことですぐになくなったそうです。

誕生秘話については下記でも詳しくご覧いただけます。
まほろば製作所「とび太くん誕生秘話」

飛び出し坊や

これが現在の“聖地”野々宮神社前。
当時は女の子があったあたりに、坊やが1体設置されています。

飛び出し坊やが普及した理由のひとつは、ベニヤ板という材質。コストが安いうえに、
住民は自分たちで修繕したり、色を塗り直したりしながら、使い続けることができます。
ある地区のおじいさんが1体の坊やを20数年メンテナンスして使い続け、
「そろそろ限界なので、新しいのがほしい」と相談してきたケースもあったとか。

飛び出し坊や

聖地近辺のこの坊やは、頭がボロボロでした。

飛び出し坊や

裏面は色が薄い。こちら側に西日が当たるせいです。

飛び出し坊や

顔の部分をよく見ると、胴体よりも厚みがあります。
もとの板をサンドするように、新しい板を貼りつけているようです。何年モノでしょう?

飛び出し坊や

さらに街をめぐっていると、飛び出し坊やのある場所がなんとなく掴めてきました。
大通りや信号付近にはなくて、
見通しの悪い道、信号がない道、通学路や公園付近などの子どもがよく使う道にあるのです。

飛び出し坊や

この坊やは、色白。

飛び出し坊や

髪型がセンター分けで、お兄さんな雰囲気。

飛び出し坊や

太りぎみで、黒ずんでいる坊やも。似ているけれど、違いが面白い!

飛び出し坊や

タスキのように反射テープを巻いている坊やも。夜も大活躍です。
ちなみに、久田工芸さん製作のとび太くんは、靴の色が「茶」なのがこだわりなのだとか。

飛び出し坊や

至るところに坊やがいて、デジャヴのように現れるので笑えてきます。
手にナップサックがかかっていますが、誰かの落とし物でしょうか?