「私たちの気付かない漫画のこと」第1回『うしおととら』と『アレクサンドロス』の意外な共通点

2017/07/24

WRITER泉信行・西島大介

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「私たちの気付かない漫画のこと」第1回『うしおととら』と『アレクサンドロス』の意外な共通点

漫画研究家・泉信行が、漫画家・西島大介さんの挿絵とともに、いつも私たちが読んでいる「漫画」のイメージや、見え方が変わるような視点をお伝えしていきます。

「なんでも描く」のが漫画

私たちが何気なく使っている「漫画」という言葉ですが、なぜ「漫」画と書くのか? あなたはすぐに説明できるでしょうか。「漫然」「漫遊」という言葉があるように、取り留めなく、気の向くまま、という意味のある「漫」ですが、英語のComicと同じ意味で「漫画」が使われ始めたのが明治時代だとされています。意外と、大正から昭和初期にかけて成立した「漫談」「漫才」のほうが、海外の影響を受けた「漫画」よりも歴史の新しい言葉だったんですね。「漫談」はもっと、日本の芸能として歴史が古いというイメージを持っていた人もいるんじゃないでしょうか。Comicではない「漫画」の使用例は明治以前、江戸時代にも遡ることができます。漫画も江戸時代頃は「気の向くまま描く」という、「随筆」などに近いニュアンスだったようです。

また、ヘラサギという水鳥の一種には「手当たり次第になんでもクチバシでついばむ」習性があり、その鳥の別名である「漫画(マンカク)」が「漫画(マンガ)」の由来となったという説もあります。なんでもついばむように、「なんでも描く」表現手法こそが「漫画」というわけですね。「漫画」の語源には諸説あるようですが、この「なんでも描くことができる」という思いは、形を変え、現代の漫画界にも引き継がれていると言えるでしょう。
……このように、「漫画」という言葉ひとつ取ってみても、「言われてみなければ考えもしないこと」は意外とたくさんあるものです。そんな「私たちの気付かない漫画のこと」を、この連載では少しずつ紹介していきたいと思います。

漫画は左右に進む

「漫画」が「Comic」と同じ意味で使われだしたのが明治頃……と書きましたが、海外からの影響を受け入れつつ、発展してきたのが今の私たちの知る「日本の漫画」です。それ以前は、新聞の風刺画や一枚イラストなども「漫画」に含んでいましたから、専門的には「ストーリー漫画」と呼んで他と区別することもあります。この「ストーリー漫画」という手法は、一枚どころか、数千ページも、何十巻も続くほどに長大なストーリーを物語ることを可能にしてきました。そんな激しい進化のなかで大きな役割を果たしたのが、漫画を印刷する「紙の本」の存在です。大げさに言えば、「紙の本」に載せるために描くということが、「ストーリー漫画」の表現を決定づけたと考えていいでしょう。
「漫画」のように「表現の内容やジャンル」を指した言葉に対して、「新聞」や「本」のような「その表現の入れ物になるもの」をカタカナ語で「メディア」と呼びます。例えば、映像作品にとってのメディアは「TV放送」であったり、「映画館のスクリーンと音響装置」であったり、パソコンやスマートフォンだったりします。当然ですが、「メディアにできないことは表現できない」ものです。3D(立体視)映画や4DX映画だって、専用の装置や設備が必要なのですから。これは逆に考えると、「メディアの能力によって表現するものが決まる」のだと言えます。「本」というメディアも、何枚もの用紙をまとめて一冊にする性質によって、「漫画」の描かれ方を変えてきたのです。
まず、画面の形やサイズが決まりました。一枚のページは縦長の長方形で、これを基本の単位とします。ページが左右に並ぶと「見開き」という横長の画面に広がりますが、これ以上に広くすることはできません。映画のスクリーンを大きくするように、ビッグサイズの本を作ることはできても、タテヨコの「形」はほぼこれで決定しました。

そして、次の見開きへ進むためには「手でページをめくる」という読者の動作が必要です。これは「映画」と違って、「2ページ(見開き)ごとに時間のタメが発生する」という特徴を生み出し、その「めくりのタメ」は表現にも活かされるようになりました。漫画家は、見開きで最後に読むコマを「ヒキ(引き)」、続いて最初に読むコマを「イリ(入り)」などと呼びます。この「ヒキ」から「イリ」のタイムラグを「タメ」の演出に活かしてきたのです。
そして、このページをめくり、コマを読む順番が「日本語の読み方」に従って決まったことも重要でした。日本では「縦書き」のための本が主流です。日本語の縦書きは、文章の右上から左下に向かって読んでいくため、ページを右側にめくって開く形……通称「右開き」と呼ばれる本になります。

図にすると、こう。ふだん、私たちはあまり気にしませんが、漫画を読むときに、画面はそこに静止して動かないわけではありません。「めくる」動きによって、「ヒキ」のページは右側に去っていき、「イリ」のページも右に向かってスライドしてきます。そして、ページに対する読者の目線はその逆方向へ移動するというのも重要なポイントです。映画でしたら「一枚の画面全体を正面から見わたす」という眺め方になりますが、漫画では「視線を左にスライドさせつづける」ことをしないと全てのコマを眺められません。
ブラウザで読むWebページに例えてみましょう。読者は上下にスクロールしないと、ページの先まで読めませんよね。そしてスクロールの前後は、Webページも、読者の視線も「縦」に動いているものです。そう、「横にスライドする紙の本」と、「縦にスクロールするWebページ」の違いこそが、現代の私たちが一番意識しやすい「メディアの性質の違い」かもしれません。それぞれに「できること」が違っていて、読み方、表現の仕方も違ってきます。
当たり前のことですが、パソコンが普及していない時代に進化を遂げた「ストーリー漫画」の手法は、「紙の本」をその基準にしています(ちなみに縦書きではなく、横書きの書籍でも「紙の本は横にスライドする」のは同じですよね)。もし漫画が「縦スクロールするメディア」のためだけに進化していたら、きっと今のような「ストーリー漫画」にはなっていなかったかもしれない……。そんな想像もできるのが今回の本題となるお話です。

地図の向きによって、面白さが変わる?

もう一度この図を見てみましょう。紙面が右方向へ移動し、視線が逆の左方向へ進むことで、漫画には(映画やアニメにはない)加速感、ベクトル感が生まれてきます。電車に乗って窓から景色を眺めていると、後方に流れ去る景色と、前に進む列車の相対速度差を感じることに似ている……と言えるでしょうか。そのため、キャラクターなどのアクションが「視線のスライド方向」と一致していればスムーズな加速度を感じやすく、(動いていない止め絵であっても)左向きの「勢い」がプラスされていきます。この特性を、サンプル漫画で実際に体験してみましょう。

複数のコマを「同じページ上に並べる」ことでキャラクターの行動を描いてみせる、漫画ならではの手法から生まれた「錯覚」だと言えます。ちなみにこれは、単純でわかりやすくしたサンプルなのだと思ってください。実際は、全てのコマがこんな風に並んでいるわけではないですからね。ですが、こうした小さな「効果」でも、読者がコマを読み進め、ページをめくるたびにどんどん積み重なっていきます。連続する錯覚が次第に大きな勢いとなり、キャラクターを後ろから突き動かすような、ページをめくる読者の手を止めさせないような「流れ」を生み出すのです。
その実例を、『うしおととら』(藤田和日郎)という少年漫画の名作から学んでみましょう。

藤田和日郎『うしおととら』(33) (少年サンデーコミックス・小学館)

妖怪殺しの霊槍「獣の槍」を携えた少年「潮」が、妖怪の「とら」と共に活躍する妖怪退治ストーリー。その最終バトルは、「白面の者」と呼ばれる大妖怪を沖縄海上の結界に追い込んだ後、決着します。ここで注目したいのは、白面の者と対決する方向が、地図上の向きをイメージしやすい「左向き」に描かれているという点です。

少年サンデーコミックス『うしおととら』33巻試し読み

「北が上」で思い浮かびやすい日本地図ですと、日本列島の南西端にある沖縄が「左方向」に見えたほうが自然だからでしょう。逆に「東へと飛ぶものは右向きに描かれる」場面も発見でき、やはり東西とページの向きが一致することで位置を理解しやすくなっています。
そう、これは偶然の一致と言うべきなのですが、『うしおととら』は「物語のなかで進む方向」と「ページをめくって読む方向」が奇跡的に重なることで、最終決戦に至るベクトル感が加速されている漫画なのです。……もし最終決戦の地が西方ではなく、東方や北方にあったと考えてみたら? この物語はそれだけで別物の描き方になってしまいます。『うしおととら』の最終決戦では、「今、オレ達は…太陽と一緒に戦っている!」という潮の名台詞が登場します。これは白面の者が日没の方向(西)に位置し、潮たちが「のぼる太陽を背負っている」からこそ出た言葉ですが、潮たちを背中から押しているのは「太陽だけではない」と言うことだってできるでしょう。漫画だからこそ生み出される「左向きの加速感」こそが、潮たちをクライマックスへと押し続けているのです。
「縦書きの本」というメディアのために描かれた『うしおととら』が、「他のメディアにはない面白さ」を発揮している理由は、こんな小さなところからでも発見できます。
では、これとは全く逆パターンの「効果」が活かされた漫画も眺めてみましょう。『機動戦士ガンダム』のスタッフとしても知られる元アニメーター、安彦良和の描く歴史漫画『アレクサンドロス~世界帝国の夢』です。

安彦良和『アレクサンドロス~世界帝国への夢~』【第1巻】 (NHKスペシャル文明の道・NHK出版)

紀元前の「東方遠征」で知られる大英雄、アレクサンドロス3世の生涯を描ききった名作ですが、この作品も実は「北を上にした世界地図」のイメージを利用していると言えます。ただし……。これはヨーロッパから、東のアジア世界を征服しようとしたアレクサンドロス大王の物語です。つまり「東方」に進む大王の軍勢は、「ページの右側」を向きます。そして敵勢は「左向き」で大王軍を迎え撃つという、『うしおととら』とは敵/味方が左右逆の配置になるんです。

実はこの表現も、「ページをめくって読む方向」が「物語の進む方向」と一致した見事な例だと言えます。なぜなら『アレクサンドロス』の物語は、「大地の果てを目指す」という、苛烈で困難な戦いに挑んだ大王が、志なかばで仲間のために折り返し、諦めきれない「東方への夢」を見ながら病に斃れるという、悲壮な旅を描いているから。縦書きの漫画では、「左向きのアクション」に力が上乗せされますが、その反対に「右向きのアクション」は逆の力で押し返されることになります。

それだけに、大王の挑んだ東方への冒険がいかに過酷だったのか……、そして西へ折り返してから兵士たちが安堵する開放感も、「東方への右向き」から「西方への左向き」へと反転する落差によって強く伝わってくるでしょう。もちろん、病に伏せる大王は、寝台の上でも「右(東方)」に顔を向け続けていました。ページが進む向きとは逆を見つめることで、「大王が見る夢」の果てしなさ、そして「これ以上逆向きに進むことのできない」せつなさもが伝わってくるようです。
ところで、アレクサンドロス3世は西洋の英雄なのですし、「横書きの海外コミック」として描かれても不思議ではありません。つまり、書籍を左にめくって「右に読み進める」物語として……。ですが、その際に選ばれる手法は、安彦良和の『アレクサンドロス』と同じにはならない、と言っていいでしょう。もし日本の『アレクサンドロス』と同じく、「東方遠征が苛烈である」という効果を強調するならば、横書きコミックの大王軍も「めくり方向の逆(左)」に進軍するかもしれません。しかし、そう描いてしまうと「地図で見た東(右)」と向きを一致させる「伝わりやすさ」が活かせなくなり、やはり別物の表現になるはず。
そう考えてみますと、大きな戦争や旅をテーマにしたい漫画家にすれば、これは厄介な点であるかもしれません。でも、こうした「漫画ならではな性質」のひとつずつが、ストーリーをもっと面白く、感動的にしてくれるのも確かなのです。

漫画を面白くしてくれる何か

ここまでで、私たちは何に気付くことができたでしょうか。まず、「漫画」という言葉にも込められた「なんでも描く」という思いが、やがて「ストーリー漫画」という表現手法に至ったということ。その歴史には「紙の本」というメディアが大きな役割を果たし、それは現在にも影響しているということ。そして『うしおととら』と『アレクサンドロス』は、「縦書きの本」でなければ別物になっていただろうという、意外な共通点。現代のストーリー漫画とは、ただ「絵を描く」「ストーリーを作る」だけのものではありません。メディアの形を利用し、そのメディアだからこそ生まれる効果と合わさって、さまざまな面白さを生み出しています。考えてみなければ、気付きもしない。この連載は、そんな漫画のことを少しずつ体験してみよう、という思いによって先へと進んでいきます。

連載一覧はこちら

漫画のキャラが左向きとか右向きだからどうとか意識しなかったから新鮮!

ほほえみ
  • 泉信行さん
  • WRITER

    泉信行

    漫画研究家、ライター。2005年頃から、漫画表現論の研究発表を行う。同人誌『漫画をめくる冒険』上下巻の発行の他、漫画に関する仕事では『マンガ視覚文化論』(水声社)、『藤田和日郎本』『皆川亮二本』『島本和彦本』(小学館)への寄稿などがある。
    http://d.hatena.ne.jp/izumino/

  • 西島大介さん
  • WRITER

    西島大介

    漫画家。2004年『凹村戦争』でデビュー。『世界の終わりの魔法使い』『すべてがちょっとずつ優しい世界』など作品多数。「月刊IKKI」休刊により未完となった『ディエンビエンフー』が双葉社「月刊アクション」に移籍。完結を目指し『ディエンビエンフー TRUE END』第1巻を2017年8月10日刊行。「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」主任講師も務める。

    https://daisukenishijima.jimdo.com/

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