2017/08/30

岸田繁・光田康典対談「民族音楽もゲーム音楽も好きになったらとことん突き詰める」(前編)(1)

岸田繁・光田康典対談「民族音楽もゲーム音楽も好きになったらとことん突き詰める」(前編)(1)

インタビュアー:Zing!編集部ピーター/テキスト:ピーター・トライアウト組橋信太朗/撮影:田中利幸

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くるり・岸田繁さんと、作曲家・光田康典さんの夢の対談が実現! 岸田さんはくるりではロックを始めとしながらも、古今東西のあらゆる音楽の影響を感じさせる新しい音楽をつくられています。光田さんは名作RPG「クロノ・トリガー」でのデビュー以来、ゲーム音楽のイメージにとらわれない試みを続けてこられています。
一見、音楽ジャンルは違うように見えるお二人ですが、実は「民族音楽好き」という共通点があります。共に心に響く感動的な音楽をつくり続けているお二人は、どのような音楽をどのようにして楽しみ、そして、楽曲づくりにどのように影響しているのか。見えてきたのは「好きになったらとことん突き詰めること」のすごさ。対談の当日は、とにかく音楽がお好きなんだな、という熱量をずっと感じていました。 熱量をそのままお届けしたいので、2回に分けて(ほぼ)ノーカットで対談の内容をお届けします! 記事中にお二人の曲やおすすめの曲の動画・試聴リンクもありますので、ぜひ音楽を聴きながら読んでみてください。また、岸田さん・光田さんのおすすめは試聴したら、実際にCDなどの良い音源を購入されることですので、ぜひ新しい音楽との出会いも楽しんでみてください!


まったく作曲には興味がなかったですね。音色にだけあって(光田)

――まずはお互いの印象からお伺いしたいと思います。光田さんは岸田さんに対してどういう印象をお持ちでしたか?

岸田繁・光田康典対談「民族音楽もゲーム音楽も好きになったらとことん突き詰める」(前編)(1)-画像-01

光田康典(以降、光田)くるりのCDは初期の頃のものから持っているんです。くるりがデビューした当時は色々なバンドがいましたけど、その中でもくるりや岸田さんは非常に自然体なイメージを受けました。

岸田繁(以降、岸田):ありがとうございます。

――岸田さんは「クロノ・トリガー」をやられたことはあるんですか?

岸田繁・光田康典対談「民族音楽もゲーム音楽も好きになったらとことん突き詰める」(前編)(1)-画像-画像-02

岸田:やりました。すごく良いゲームで面白くて、やりこみました。カエルの曲(「カエルのテーマ」)がすごく好きでしたね。光田さんはロックなども聴かれるんですか?

光田:はい、すごく好きです。特にプログレが大好きなんです。(EL&Pの)Tarkus(タルカス)とかGenesis(ジェネシス)の初期とかが特に。

岸田:ピーター・ガブリエルがいた頃ですかね。良いですよね。スティーブ・ハケットとかスティーブ・ハウとかのギタリスト好きです。光田さんは今おいくつなんですか?

光田:今45歳です。

岸田:そうすると、昔はプログレやニューウェーブが流行ってましたよね。

光田:はい。80年代はとにかく色んな新しいジャンルがどんどん出てきてましたよね。ポピュラーなところだとTHE  POLICEなんかも好きでした。日本ではYMOとか。当時は聴く方が好きでしたね。だから自分が曲をつくるようになるとは全く思わなかったです。

岸田:なるほど。ピアノはずっとやってらっしゃったんですか?

光田:そうですね。ただそんなに練習していなかったんです。それも姉がピアノを習っていたので遊びでついていったって感じですね。

岸田:「クロノ・トリガー」が最初の作品なんですか?

光田:そうですね。いわゆるデビュー作は「クロノ・トリガー」ですね。

岸田:どうやってその作曲の道に進まれたんですか?

光田:スクウェア(現スクウェア・エニックス)の入社前に桜庭統さんのアシスタントをしていました。そのときはいわゆるマニピュレーターの仕事をしていました。当時のコンピュータはFM音源が主流でFM音源を使って音色を作っていましたね。小学生から中学生のころはテクノにハマっていたのでシンセサイザーには凄く興味がありました。YMOがデビューする前からドイツのテクノ、クラフトワークとかがすごく好きで。YMOがテレビに映ったときにすごいシンセサイザーが出てきて、「なんだこれは!」と思って。それまで音しか知らなかったので、どうやってこんな変な音を出すんだろう、と。当時、テレビでやっていた「ルパン三世」のアニメのテーマ曲もアナログシンセが使われていて衝撃を受けたんですよね。特に音色に。それでどういう仕組みで音が出ているのか気になって調べたら、シンセサイザーというものがあるとわかったんです。

岸田:そのときはまだ作曲はされていなかった?

光田:まったく作曲には興味がなかったですね。音色にだけあって。曲を書く発想にはならなかったです。

岸田:なるほど、面白いですね。

もう、すぎやまさんは「神」ですね(岸田)

――光田さんは「クロノ・トリガー」の前は「半熟英雄」の効果音とマニピュレーターを担当されていましたよね。そのときは作曲のすぎやまこういちさんとお仕事をされていたかと思います。岸田さんはすぎやまさんのファンでいらっしゃいますよね。

岸田:もう、すぎやまさんは「神」ですね。

光田:すぎやまさんはとても気さくな方でしたね。そのとき僕はマニピュレーターとして仕事をしていたんですが、とても勉強になりました。当時はメールがなかったのでFAXで譜面のやりとりをしていて、手書きなので見にくいときがあって。これは「ミ」なのか「ファ」なのか? とわからないまま音を打ち込むんですが、すぎやまさんに「光田くん、ここ音違うよ」って言われたりして(笑)。

――なるほど。スクウェアに入社されてからはどんなことをされていたんですか?

光田:本当は作曲家で入ったんですけど、人手が足りないということで最初は効果音の仕事をしていましたね。当時のスクウェアは「ファイナルファンタジー(以下、FF)Ⅳ」「FFⅤ」「FFⅥ」を立て続けに出したり、「聖剣伝説」シリーズや「ロマンシング サ・ガ(以下、「ロマサガ」)2」などもやっていたりしましたし。

岸田:効果音というと「チャリーン」というコインの音みたいなのですか?

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光田:そうですね。剣で斬ったときの音や、ドラゴンの鳴き声、魔法の音とか。

岸田:「ドラゴンクエスト」(以下、「ドラクエ」)をやったときに、「ザッザッザッザ」って階段の音とか、呪文唱える音、「スーパーマリオ」の「チャリーン」とか。実際あんな音がするはずがないのに、そういうことになってるのが分かる。ゲームの音の感覚は面白いですよね。

光田:効果音によって最初にユーザーにイメージを植え付けるのは面白いし、大事なんですよね。だんだんそのことに気づいて。

――「ロマサガ」のひらめきの音は光田さんが作られたんですよね。

光田:そうですね。あとは「FFⅤ」のオープニングでドラゴンが鳴くときの声とか。楽しかったですね。そのときに効果音と音楽の位置関係を学びましたね。ドラム系は消えても違和感がないのでドラム系をつぶしにいくとか、工夫して作っていました。

岸田:全然帯域が違うところで鳴らしたりするんですよね。3音しか鳴らせないときって、音楽が消える瞬間もありましたよね。制約がある中だとかえって工夫しますもんね。

(「クロノ・トリガー」は)制約があったからこそ凝縮されたゲームになったところもあると思います(光田)

――その後「クロノ・トリガー」で作曲をするようになったかと思いますが、当時、坂口さん(ゲームクリエイターの坂口博信さん、「FF」「クロノ・トリガー」などの生みの親)に「作曲をさせてくれ」と直訴されたとか。

光田:はい。会社がどんどん大きくなって、ゲームを出せば100万本以上は売れていた時代でした。プロジェクトを5本くらい動かしていた状況だったんですが、僕は2年ぐらいずっとマニピュレーターをやってて、そろそろ作曲やりたいなあ、と。音楽・効果音・マニピュレーターという分業がそのあたりから始まったんですよね。そのときたまたま「クロノ・トリガー」の企画が立ち上がろうかという時で、坂口さんに話したときに「じゃあ、こういうのあるからやれば」ということで作曲をすることになったんです。そのときはこんなに大きい仕事だとは思ってなかったんですけど(笑)。

――当時は「ドリームプロジェクト」と呼ばれて、「週刊少年ジャンプ」などで「クロノ・トリガー」の告知を見た私はワクワクしていました。鳥山明さん、坂口博信さん、堀井雄二さん、そして光田さん、となるんですもんね。当時はまだお若かったと思うんですが。

光田:そうですね。作り始めたのは21歳の後半ぐらいですね。

岸田:だいたいプロジェクトが立ち上がって、完了するまでどれくらいの期間でやるものなんですか?

光田:「FF」は昔は1年4カ月ぐらいで作って、2カ月でデバッグして、とだいたい1年半ぐらいでリリースするのが一般的でしたね。もちろんゲームによってまちまちではありましたが。「クロノ・トリガー」は2年ぐらいかかっていたかと思います。当時、ROMカセットから大容量の規格に移行する話もあったのでその前提でつくっていたところもあったのですが、結局ROMカセットでリリースすることになりました。それでダンジョンを削ったり、シナリオを削ったり、もちろん音楽も色々削っていったんですね。でも、その制約があったからこそ凝縮されたゲームになったところもあると思います。

岸田:確かにそういう印象はありましたね。

僕も映画の音楽つけることがあるんですが、「もっと音楽つけてくれ」ってよく言われるんです(岸田)

――ちょっと話が変わりますが、ここで「クロノ・トリガー」の表題曲を聴きつつお話したいと思います。

(「クロノ・トリガー オリジナル・サウンドヴァージョン」より「予感」「クロノ・トリガー」流れる)

光田:ゲームっぽい音ですね、やっぱり。

岸田:懐かしい……戻りますね、当時。

光田:岸田さんは当時何歳ぐらいだったんですか?

岸田:20歳になってないぐらいですね。大学に入ったぐらいやったと思います。たぶんちょうど「クロノ・トリガー」あたりを最後に10年ぐらいゲームやらなくなったんですよ。おお、懐かしい。こんなに音少なかったんや。

光田:当時は8音のモノフォニックでしたね。

岸田:僕のイメージでは、ゲームの音楽には余白が多いから、プレイヤーは拡大解釈できていたように思います。ゲームで音楽を聴くのは、良い音楽の聴き方の一つだと僕は思ってて。下手したら120~130%ぐらい、その音楽の良さを引き出すような感じがある。

――ゲームの音楽は映像と結びついてより感動させる印象がありますよね。この「クロノ・トリガー」の曲も、映像が思い浮かぶんです。オープニングの最後、シルバード(ゲーム内に出てくるタイムマシン)が右から左に横切るときに、画面の白黒も切り替わるところでアウトロのところが入ったり。グラフィックが今よりリッチではなかった分、音楽の役割が強かったんじゃないかなと思うんです。僕たちが「クロノ・トリガー」の音楽に今でも惹かれるのはそういうのもあるのかな、と。

岸田:そういうところはあるかもしれないですね。

光田:普通のドラマとかに音楽をつけるときって、正直「音楽いらない」って思うこともあるんです。俳優さんの演技がすごすぎて、音楽で語る必要がないのかなと。映像を補完するぐらいしかできないんじゃないか、と。当時のゲームはいい意味でグラフィックがチープだった分、音楽を前に出せたというのは確かにあると思います。

岸田繁・光田康典対談「民族音楽もゲーム音楽も好きになったらとことん突き詰める」(前編)-画像-04

岸田:僕も映画の音楽つけることがあるんですが、「もっと音楽つけてくれ」ってよく言われるんです。細かく指定してくれた方が僕はやりやすいんですけど、自由にやったら「5回ぐらいしか音楽いらない」って思ったり。映像の邪魔するし、「お前らの世界でそんな音楽流れてないやろ!」みたいなことは思っていて(笑)。

光田:本当にそうなんですよね(笑)。

――岸田さんは「まほろ駅前多田便利軒」などの音楽もやられていますよね。

岸田:はい。この作品は、監督の大森立嗣さんが寸分狂わない指定をしてくるので助かったんですよ。このシーンの何カット目の何秒までって、やりやすいんですよ。その場面の曲だけを作ればいいだけやし。そういうのだったらパパッとできるんですけどね。自由にやらせてくれることもあって、ほんまに5曲ぐらいだけ作ったこともあったんですよ。そしたら「え!?」って言われたことはありました。「もっとつけて」って(笑)。

光田:「自由にやって」が意外と困るんですよね。何やっていいかわからない、となることもあります。

岸田:制約があった方がむしろクリエイティブになれるような気がしますね。

僕もブルガリアンボイスが好きすぎて1回ブルガリアに行ったんですけど、全然「ボイス」が聴けなかったんですよ(岸田)

――ゲーム音楽の場合は「寸分狂わぬ指定」みたいなのはあるんでしょうか。それとも「悲しい曲」とかそういう指示なんでしょうか?

光田:「戦い1」、「戦い2」、「戦い3」、「戦い4」とか、そういう感じですよ(笑)。自由に書いてくださいってことなんでしょうけど、そういうのは書きづらいですよね。どういうシチュエーションで戦いに入るのか、といった背景が見えた方がつくりやすいんですよね。

岸田:なるほど。例えばバトルシーンだと、リズムが入ってマイナーキーになってプログレっぽいとか、ある程度決まったイメージがあると思うんですけど、まるでそこから逸脱したものを作りたいと思ったことはありますか? あるいは作ったけど「『戦い』っぽくない」って言われたとか。

光田:そういうのは結構やってるんですよ。「ゼノギアス」や、「クロノ・クロス」のラストバトル曲とか。スティーブ・ライヒ(ミニマル・ミュージックの作曲家)がやっているようなミニマル・ミュージックとブルガリアンボイスを混ぜてみたりですね。あとは、「クロノ・クロス」で自分の友だちの父親と戦わなきゃいけないシーンの曲ですね。

――主人公セルジュが、幼馴染レナの父親ミゲルと戦うシーンですね。 

↑ミゲル戦で流れるのは上の動画の5:21~「運命に囚われし者たち」

光田:はい。あのシーンもすごく悲しいシーンからバトルに入るんですけど、通常のボスバトル曲に変えずにそのまま悲しい曲で続けてくれ、と注文を出したことがあります。

岸田:なるほど。さっき言われてましたけど、ブルガリア音楽もお好きなんですか?

光田:すごく好きですね。

岸田:そうですか。僕もブルガリアンボイスが好きすぎて1回ブルガリアに行ったんですけど、全然「ボイス」が聴けなかったんですよ。ヨーロッパにいたときに休みができたんでふらっと行ってみたんです。ガイドブックとかないから適当に行ったんですが、2月ぐらいで寒くて、焼き畑がすごくて、野犬だらけで……どこにいけばあの美しい曲が聴けるんだ、と(笑)。

光田:そうなんですよね。アイルランドなんかはパブに行けばアイリッシュ・ミュージックが聴けるんですけど、ブルガリアンボイスはなかなかやって無いんですよね。

岸田:ブルガリアのパブはレディ・ガガぐらいしかかかってない(笑)。

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