【視れば揺らぐこの宇宙】第3回 あなたの価値はあなたが決められる--『アリスと蔵六』の視点(1)

2017/09/06

WRITER吉田 隆一

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【視れば揺らぐこの宇宙】第3回 あなたの価値はあなたが決められる--『アリスと蔵六』の視点

連載3回目です。今回は今井哲也氏によるマンガ『アリスと蔵六』についてのお話です。

本作は、前回取り上げた市川春子『宝石の国』と鏡あわせのような作品です。共にニューウェーヴSFの文脈上にあり、人間の内宇宙=精神を描きながら、その視点は大きく異なります。
まずは著者と作品の概略から。

今井哲也氏は、短編『トラベラー』が講談社『アフタヌーン』主催のマンガ新人賞「アフタヌーン四季賞」を受賞し、2005年にデビューしました。翌年、同賞にて市川春子氏がデビューしています。
2008年から『月刊アフタヌーン』にて『ハックス!』、2011年同誌にて『ぼくらのよあけ』を連載。
2012年より『COMICリュウ』にて『アリスと蔵六』の連載を開始します。同作は第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門”新人賞”を受賞。2017年にアニメ化されました。
連載は現在も継続中で、2017年8月現在、単行本が8巻まで刊行されています。

『アリスと蔵六』第1巻12ページ。© 今井哲也/徳間書店

『アリスと蔵六』第1巻12ページ。©今井哲也/徳間書店

物語は、紗名という少女と蔵六という老人の出会いから始まります。
紗名は想像したものを具現化する能力を持っています。作中において、そうした能力の持ち主は「アリスの夢」と呼ばれます。そして能力を得ることを「アリスの夢になる」と言い表します。彼女は強力な「アリスの夢」なのですが、肉体的には非力であり、他者とのコミュニケーションもままならない少女です。物語は、「アリスの夢」にまつわる多くの謎の解明と、紗名の成長を追って展開します。

本作は、現代SFと人間ドラマが非常に高いレベルで結びついた作品です。ニューウェーヴSFから80年代サイバーパンクを経由した現代SFの先端に位置していながら、描かれる感覚は我々の日常に直結している……という離れ業を成し遂げています。

順を追って説明しましょう。まずは「サイバーパンク」の説明から……。

サイバーパンクとは、80年代に米国作家を中心に展開されたSFのサブジャンルです。代表的な作家はウイリアム・ギブスンやブルース・スターリングなど。ギブスンの長編『ニューロマンサー』(ハヤカワ文庫SF)のヒットにより、その後のSFの在り様を一変させました。
サイバーパンク作品は主に、コンピューターのネットワークが形成する仮想空間を舞台とします。「電脳空間」という言葉は多くの方に耳馴染みがあるでしょう。この言葉は、先に挙げた『ニューロマンサー』作中の訳語に由来しています。サイバーパンクが提示したイメージは、今ではマンガや映画などを通し一般化しているのです。

ギブスン『クローム襲撃』(ハヤカワ文庫SF)に寄せられたスターリングの序文には、ギブスンの表現手法は古典的なハードSFとニューウェーブSF(連載第1回参照)の混交である、と書かれています。実際、サイバーパンクはニューウェーヴSFが切り開いた表現の延長線上にあるSFと言えるでしょう。
電脳空間に精神を送り込む=人間をデータ化するというサイバーパンクのアイデアは「電脳空間において人間と人工知能に違いがあるのだろうか?」という問題を提起しました。これは連載第1回で取り上げたP.K.ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ハヤカワ文庫SF)が提示した問題と似ています。共に人間存在の揺らぎが問題となるのです。
違う点は、『アンドロイド~』の場合は「人工知能が人間に限りなく近づいた場合、違いが見出せるか?」という問題だったのに対し、サイバーパンクの場合は逆に、人間が人工知能の土俵に入りこむことによって発生する問題です。「データ化された精神は、構造的には人工知能と違わないのではないか?」と言い換えることもできます。そしてこの問題には様々な回答が存在します。

日本を代表するサイバーパンク作品に『攻殻機動隊』シリーズがあります。士郎正宗氏によるマンガ作品から派生したメディアミックスSFで、日本においてサイバーパンクの世界観を世に広めた作品群です。
マンガや複数のアニメ作品において人物設定などが微妙に異なったりもしていますが、基本設定は共通です。その共通設定の一つに「ゴースト」という存在があります。
『攻殻機動隊』は、リアル世界と電脳世界を往復しながら展開します。作中には様々な人工知能も登場します。そして人工知能と人間を区分けするガジェットがゴースト……いわば「魂」です。人間はゴースト=魂を持っている。人工知能はゴーストを備えていない。この構図が作品のプロットを支えています。『攻殻機動隊』はいわば魂の存在を巡る思考実験作品、と言えなくもありません。

一方、海外のSF作品においてはどうでしょう。
サイバーパンクに分類される作品ではありませんが、同時期(1985年)の作品であるグレッグ・ベア『ブラッド・ミュージック』(ハヤカワ文庫SF)の例を見てみましょう。前回、『宝石の国』に登場するガジェット「インクルージョン」の説明にも登場しましたが、この作品には極めて独特なアイデアが用いられています。「ヌーサイト」という生体素子が人間の体内にネットワークを形成し、「世界」を創造するというものです。サイバーパンクの「電脳空間」のアイデアと共通しているのは、人間がその内部に入り込むにはデータ化される必要がある点です。
作中、登場人物がデータ化されるにあたりこのようなやり取りがなされます。

--怖いな。きみたち(ヌーサイト)がわたしの魂を内側から盗んでしまうのが怖くて……
 あなたの《魂》はすでに記号化されているのだよ、バーナード。あなたの精神の全断片からの許可をうけとるまでは、スタートしないでおく。
(グレッグ・ベア:著/小川隆:訳『ブラッド・ミュージック』より引用)

ヌーサイト側(太字)のセリフにおいて、魂が《》つきで語られている点が重要です。こうしたやり取りを通して「精神は全てデータ化可能である=精神とは人間が信じるような特別なものではなく、ブラックボックス的な魂も存在しない」ことが随所で暗示されます。そしてそうした認識は、本作においてネガティヴには扱われません。SF史上に残る極めて美しい結末に繋がります。

そして90年代以降のSFにおける重要作家グレッグ・イーガンが、「魂の不在」を徹底した作品群を発表します。イーガンは、「人間の精神はデータ化可能である=コピーが可能である」「電脳世界において人間の精神の創造も可能である=人工知能と人間の差異は実質的に存在しない」という定義を『順列都市』『ディアスポラ』(共にハヤカワ文庫SF)等の作中で提示しています。

『アリスと蔵六』は、まさしくそうした認識の上に成立している作品なのです。

『アリスと蔵六』1巻114ページ。©今井哲也/徳間書店

『アリスと蔵六』1巻114ページ。©今井哲也/徳間書店

『アリスと蔵六』5巻140ページ。©今井哲也/徳間書店

『アリスと蔵六』5巻140ページ。©今井哲也/徳間書店

『アリスと蔵六』の主人公である紗名の正体は物語序盤で明らかとなります。彼女は、「ワンダーランド」と呼ばれる異世界が我々の世界を知るために生み出したインターフェイスなのです。人間の知性をシミュレートして創造された、という推測が作中で描かれています。
先に述べたイーガンの代表作の一つ『ディアスポラ』は、電脳空間において人間の誕生をシミュレートさせて「孤児」を生み出すところから物語が始まります。「孤児」とは、精神の成長過程を経ずに電脳世界に突然現れてしまった存在です。彼は電脳世界の社会の中で他者と触れ合い、自他の境界を知覚し、コミュニケーションの仕方を習得していきます。
『アリスと蔵六』の紗名も、いわば同様の存在です。しかしその成長の道のりは電脳世界よりも困難に満ちています。それは作品のテーマと密接に結びついています。

著者紹介で触れましたが、今井氏には『ぼくらのよあけ』(アフタヌーンKC)という作品があります。異星から地球にやってきた人工知能……正確には、紗名同様に異世界調査のために作られた人工知能を母星に帰すために少年少女が奮闘するジュヴナイルSFです。取り扱うテーマといい考証といい、ハードSF的な要素も強く、ハード・ジュヴナイル(この言葉は、「SFマガジン」2014年6月号での泉信行氏と私の誌上対談で用いた造語ですが)とも呼ぶべき作品です。

『ぼくらのよあけ』のテーマの一つが「人工知能と人間の差異」です。今井氏はこのテーマを『アリスと蔵六』において、別の視点、別の言葉を用いて深めています。

その言葉とは「ほんもの」と「にせもの」です。

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