『ディエンビエンフー TRUE END』の最終回は?西島大介本人が語る「終わらなくていい」と始めたIKKI版

2017/09/08

WRITERインタビュー:Zing! 編集部ピーター/テキスト:トライアウト福井英明/撮影:萩尾智子

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西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(2)「終わらなくていいんだ」と始めたIKKI版連載

自分が思う「漫画らしさ」を実践

――角川版を刊行した後、小学館の「月刊IKKI」での連載が始まりますね。

角川版の打ち切りが決まったあと、たまたま小学館「月刊IKKI」の編集の方から「連載しませんか?」というオファーをいただいたんです。当初は別のオリジナルを考えていましたが、『ディエンビエンフー』を長編化するのはいいんじゃないかとなり、連載が決まりました。「Comic 新現実」は不定期刊行だったので、月刊の漫画雑誌に描くのは初めて。システムが全然違いました。「角川版」の続きとして出すか、イチから描き直すか、当時の編集者と話し合った結果、後者を選びました。

「月刊IKKI」は小学館の中でも実験的な漫画雑誌でしたが、僕は「とにかく休刊打ち切りだけは嫌なので、長く続けさせてほしい」とお願いしました。また、初めての月刊漫画誌の連載なので漫画らしくキャラクターをいっぱい出したいなと。登場人物はほぼ同じですが、デザインや人物像が角川版とは微妙に違います。キャラクターの数は圧倒的に増えました。「野良犬たち(ストレイ・ドッグス。『ディエンビエンフー』に登場するアメリカ陸軍特殊部隊)」とか、本当に漫画らしい設定ですね。戦争漫画なのに「ラスボス現る」みたいな。

今思うと「漫画誌だから漫画らしく」というのもいささか単純ですが、IKKI版では、それまでとは違う読者にも届けたいという思いがありました。

――でも、それによってティム・オブライエンのいう「戦争を描く」ということに近づいているのではないでしょうか

オブライエンの言葉を信じるなら、さらに狂っているけど正しい内容になっていると思います。角川版にはまだ「政治性」があった。もともと批判寄りの媒体だし、現代社会に対する批評みたいなものを引き受けていた気がします。それすらも取っ払って暴走したのがIKKI版ですね。

戦争らしさを感じさせない装丁

――IKKI版は装丁がかなりポップな感じですよね。

装丁は柳谷志有さんという方で、「角川版」も同じです。「角川版」が終わるときに柳谷さんに「この作品はライフワークになるから、付き合いは長くなる」と言ったのを覚えています。柳谷さんは磯部涼さんの『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』という本の装丁も手がけていて、僕が表紙のイラストを描いたのですが、すごくポップでいい感じに仕上がりました。このポップさをアジア風にアレンジしたい、とお願いしたのがIKKI版のカバー・デザインです。

西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(2)「終わらなくていいんだ」と始めたIKKI版連載-画像-01

今見ても発明的な表紙ですね。「戦争物」という風には見せたくなかったですね。デザインから戦争っぽさを排除しつつ、でもベトナム戦争ということは伝えないといけない。それで、ベトナムの文字を置いたんです。

今のベトナムの文字って、実は本来の文字じゃないんです。フランスの植民地時代を経て「クォックグー」というアルファベットに発音記号を加えた文字になりました。その文字をレイアウトするだけでもベトナムっぽさ、東南アジアのムードが出ますよね。言葉を奪われるのは悲しい歴史なんだけど、そこまで自虐的にならないで、かわいい文字だな、というレベルに留めてポップにまとめています。

あとはミリタリー感を出さない色にしました。ミリタリー的ではなく、イメージとしてのベトナムをどうやったら定着できるかと考えました。戦争だけどポップに仕上げるのと、戦争だけではないベトナムのエキゾチックさをちゃんと盛り込みたい。ペーパーバック的に見えたほうがいいなと考えて紙も選び、原画のタッチもわざとスキャナーを通してつぶしたりしています。あまり見たことのない装丁に仕上がりましたね。

初めての漫画雑誌での連載

――「月刊IKKI」で初めて連載漫画を始めてみて、心境の変化などはありましたか?

「ようやく漫画家になった」という感覚はありました。僕は形から入るタイプなので、連載をきっかけに多くの漫画家が住む吉祥寺に引っ越しました。当時は「漫画家として暮らすんだ」というワクワク感に満ちていましたね。月刊連載という大冒険が始まった、そんなポジティブな感覚がありました。

初めての連載だったので、どこまで続けるか、何巻で完結するか具体的には考えていませんでした。結果的にベトナム戦争の期間を超える年月を費やしても完結しない作品になってしまいましたが。編集担当者も連載の間に4人代わっています。最初は他者としてベトナム戦争を描くようにしていたので、ベトナム取材はしないと決めていました。取材に行ってしまうと情が湧いてしまう。あくまで人が記した評論や映像などの二次的資料だけを基に描くべきで、それ以上の感情移入は不要だと思ってたんです。でも連載の途中から合計3回もベトナムへ取材に行くことになってしまって、その辺りも当初のコンセプトが揺らいでいるなと思っています。

西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(2)「終わらなくていいんだ」と始めたIKKI版連載-画像-02

角川版の打ち切りで変わった意識

――角川版を描いていた頃と比べて、作品づくりへの姿勢などは変わりましたか?

元々、「作品というのは一冊の中にメッセージを封じ込めたもの」という感覚があったんです。映画にしても小説にしても始まったらちゃんと終わるし。だから元々は漫画よりも、小説や映画のように漫画を描くことに興味があったんです。読み終わった後にちゃんと何かが残って、1冊の書物には1つのメッセージがあるべきだと。でもその考えは角川版の打ち切りで覆りました。「未完」という形で出したときに、僕の中では「こんな中途半端な状態で出すなんて、終わった。もう誰にも信用されない」という感覚があったけれど、意外と読者は普通に読んでいて。それで「漫画って完結しなくていいんだ」という気持ちになったんですね。

漫画原作者で編集者の長崎尚志さんが「漫画は小説と違って、過程を評価される」と小学館の講演で言われていたようなのですが、漫画はそれが正しいのだろうなとは思います。しかし、今回『TRUE END』を描くときに信じるのは長崎さんの合理的な考え方ではなく、たとえピークを超えても、エピソードが地味になっても丁寧に伏線を回収し、物語として完結へ向かおうとする最近の『進撃の巨人』のマーレ編の誠実さです。あれは素晴らしい……。

ともあれ、角川版の打ち切りで「過程で良い」という感覚を初めて知ったので、IKKI版の連載は「終わらなくてもいい」「どこまでも続ける」という気持ちで取り組んでいました。

視点をベトコン側に移した第2部

――それまでの西島作品は描き下ろしだったので映画や小説のように1冊での完成度が高いものが多かったと思うのですが、定期連載の『ディエンビエンフー』はどんどん加速していくような連載漫画らしい面白さがあるな、と思います。

僕もそう思います。ただ厳密に言うと、連載漫画の理想形を保っていたのは6巻までかも知れません。それ以降の第2部はメインキャラを横に置き、縦に「歴史を掘る」作業でした。それに気づかずに描いていたので、特に9巻くらいから「あれれ? どこ行くの?」みたいになってるはずです(笑)。双葉社移籍で知ることになるんですが、連載っていつまでも続けられるわけではないんですね。

3部構成にするのも最初から決めていたのですが、連載途中で、石油の価格変動の影響で雑誌のコストが上がってしまったことがありました。それで雑誌を薄くするので「雑誌に載らない描き下ろしに移行できないか?」という話になったんです。「まぁ石油危機は世界規模の経済の話なのでしょうがない。戦争に近いな」と思って、それに対して僕が一人で抗うのはあまりにワガママなので「そうしましょう」と。

第2部は、ベトコン側からの視点で展開するんですが、ベトコンは黒パジャマ(当時のベトナム農村部で日常的に着られていた黒い木綿服)で闇に潜んで戦います。そうすると、「雑誌に載らない」というのが物語的にもマッチするんですよね。そこから雑誌に載らずに描き下ろしの単行本として出す形になりました。でも結局、雑誌に載らないということは人目に触れないので、商売的にはまったく正しくなかった。そのことにも後から気付いたのですが、この辺りから作品としての迷走が始まったかもしれません。でも、テト攻勢やグエン朝という史実にかなり踏み込んだ形で描けたと思います。

西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(2)「終わらなくていいんだ」と始めたIKKI版連載-画像-03

ハリウッドでベトナム戦争の映画が大量につくられましたが、ほとんどが米軍目線で戦争を描くもの。それに対し、この第2部では視点をベトコン側に持ってきて立体的に描くことができたと思います。一番のピークはテト攻勢でエディ・アダムスが撮影した「サイゴンでの処刑」と同じ場所にフィクションのキャラクターであるヒカル・ミナミがいて、アダムスの反対側から回り込んで「決定的瞬間」を撮ろうとするんですが、フィルムが入ってない、というアクロバティックで難解な状況を作ったりして。要は第2部は『ファイブスター物語』の「トラフィックス」なんです。読者的には何でそんな枝葉の所に入っちゃうの?という感じだけど、それをやったのが第二部。ベトナム建国の話とか、グエン王朝の話とか、クォン・デとか、ベトナム戦争を飛び出した歴史を扱っています。

東日本大震災が『ディエンビエンフー』に与えた影響

――西島さんの特徴として、例えば原稿紛失を題材にした『魔法なんて信じない。でも君は信じる。』のように、出版など自身の周りの現実・状況・環境を巻き込んで作品を作る、というのがあるように思います。

そうですね。ちょうど、「月刊IKKI」に掲載されなくなり描き下ろしで地下に潜っているときに震災が起こるんですが、その直後は『Young,Alive,in Love』や『すべてがちょっとずつ優しい世界』など『ディエンビエンフー』以外の現実を反映する作品を描いていました。震災のときは「『ディエンビエンフー』はやっぱり無理かも」って思ったんです。この状況で、『ディエンビエンフー』に託して描くことは何もないというか、理屈としてつながらなくなった。それはギャグ漫画家の方が「こんな状況でギャグなんかできるか」というのと同じ感覚です。僕の場合は雑誌に載らなくなったのをいいことに、描かない具合が加速したんですよね。たぶんそのピークが9巻ですね。

9巻がちょうど2011年の7月に出てるんですが、フランスの支配以前のグエン王朝時代のベトナムを描いています。身の周りの状況を作品に取り込むというのが僕の特徴ではと先ほど言われましたが、僕は作品をつくることを通してじゃないと世の中を推し量ることができない。現実に対して作品が何をしうるか、現実をどう取り込むかの答えを見出さないと描けない。この9巻の最後にウォーリアー・モンクのズオンが率いる僧兵部隊がアジアゾウに乗り込んで攻め込んでくる、というシーンがありますが、ゾウの足音でフエ王宮が揺れる。その震度が東日本大震災と同じ「マグニチュード9」。漫画の中で大地震が起こるという描写でこの巻は終わります。現実を作品の中で鳴らすことで「今の世界を描いているよ、繋がっているよ」と弱々しく宣言したつもりです。

結局、毎月の雑誌連載じゃないから、そのタイミングで一息ついて「この作品をどうしようか」と考えることができたんですね。だから次の10巻が出るまで2年空いています。第2部ではヒカルが精神的に追いつめられるんですが、それまで戦争において傍観者だったヒカルでもさすがに逃げられまい、というストーリーになっています。この辺は現実の介入によって、僕自身が感じたことと重なっていますし、引用したティム・オブライエンの言葉からさらに反転しています。「3.11を経てなお以前のようにマンガを描けるのか?」と。それを問いかけたまま、第2部が完了することになります。

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