『ディエンビエンフー TRUE END』の最終回は?西島大介本人が語る「終わらせたくない」から「終わらせる」へ

2017/09/08

WRITERインタビュー:Zing! 編集部ピーター/テキスト:トライアウト福井英明/撮影:萩尾智子

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西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(3)「終わらせたくない」から「終わらせる」へ

11巻・12巻が刊行された意外な理由

――第2部が終わったあと、11巻と12巻が出てIKKI版は終了となりますね。

10巻で第2部は終わりますが、震災の混乱を経て、やや開き直るように11巻からの第3部はスタートします。実は、11巻・12巻については刊行のだいぶ前に既に予算をいただいていて、僕の作業が遅れ、刊行されていなかった。これも奇妙な運命で、制作予算を事前にもらっていたため、掲載誌休刊後も2冊を刊行しなければならなかった。僕には2巻分の債務がある、と。その状況がなければ、10巻で終わっていたと思います。

――その状況で、どうやってストーリーを考えたのでしょうか。

お金の話はさておいて、初期のコンセプトに立ち返ると「雑誌が終わるからって作品を終わらせてもいいのか。雑誌の都合で戦争を端折ってしまっていいのか」という気持ちがありました。目の前の現実としては、雑誌休刊は確定、移籍先も特にない、という状況。しかし冷静に考えると、「これってベトナム戦争末期と同じだな」と感じましたね。戦争末期は米軍もどんどん撤退するし、北ベトナムも疲れてくる。第2部で描いた歴史的転換期「テト攻勢」以降は世界がベトナム戦争に興味をなくしてしまう。日本ではベトナム戦争はさておき、大阪万博も行われています。それと同じ状況だな、と。本当にベトナム戦争の末期なんて誰の記憶にもない。ウエストモーランド司令官もいない、ホー・チ・ミンもいない。誰も気にしていない。そこが僕の作品の現状にも似ているなと。

そこで僕は急に左翼的になって、「絶対に連載を終わらせない」みたいな座り込みを始めるんです(笑)。ホー・チ・ミンは「ベトナムは負けない。決して根を上げないからだ」とベトナムの民を鼓舞しましたが、「根を上げない」という精神論だけで、とにかく作品を投げ出さないという姿勢をキープしようと。その結果、どう考えても残り2巻では終わるはずのない「ホー・チ・ミン・カップ」というトーナメント・バトルを始めることになりました。これには多くの読者が困惑したと思います。

西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(3)「終わらせたくない」から「終わらせる」へ-画像-01

編集会議がどよめいた真のラストシーン

――その「終わらせない」という姿勢から、「終わらせる」に変わったのはなぜでしょうか。

雑誌がなくなって連載が打ち切りになるのは仕方ないとはいえ、やはり悲しいし悔しいですよね。僕のぼんやりとした構想では15巻くらいで決勝戦まで行くつもりでトーナメント表もつくっていて、誰が勝つかまで明確に設定してたので、何とか移籍先を探そうと周りに声をかけていました。一度、新しいWebサービスが始まり全巻出し直して続きを描く、という話があったものの、その媒体自体が流れてしまうということもありました。ただ、その時の縁がきっかけで2016年8月にグラフィック社から『The ART of Điện Biên Phủ』という画集が出ることになったんです。その本の帯の言葉が「続きを出す気は200%あります」って……200%って意味わからないですよね(笑)。

でも本当にそんな気持ちで、ギリギリまで「クラウドファンディングで出そうか」「文化交流として国際交流基金から予算を調達をしようか」といういろんな可能性を模索していました。本当にジリ貧の撤退戦ですよね。最終的に、巡り巡って紹介されたのが双葉社の「月刊アクション」でした。最初の会議が重要で、双葉社の担当編集の方が「実はぶっちゃけ6巻までしか読んでいません。それ以降は追えていない」と正直に言ってくれて、確かに連載漫画としての美しい形を保っていたのは6巻まででしたから。双葉社が出してきた条件としては、IKKI版全巻を出し直すのは厳しいが、装丁も変えて第1部までを新しく出し直し、プラス数巻で完結する、というものでした。つまり最短最速。

そこで発明のように思いついたのが、「11巻・12巻は無かったことにする」というアイデアでした。第3部は果てしなく広がるトーナメント戦でしたが、それを一度「無かったこと」にして物語をつくり直す。でありながら、6巻から飛べるし、第2部の終わりである10巻からもつながるようにする。同時に「月刊アクション」の連載から新規で読み始めることもできる。というふうに完結計画を再設計しました。11巻・12巻は破滅的で底抜けに面白いんですが、物語でなく「反対行為」なので、絶対に完結できない。黒歴史、つまりバッドエンドにすることになりました。そして、会議の場で僕が描こうとしていた本当のラストシーンを伝えたら、会議室が静かにどよめいたんです。「あ、そのラスト良い」と。そこで意思統一というか気持ちが一つになりました。「月刊アクション」の連載は会議室で伝えたラストに向かって最短距離で進んでいます。

ディエンビエンフーIKKI版、双葉社・新装版。『TRUE END』

(左)IKKI版 (中央)双葉社・新装版 (右)『TRUE END』

出版社側の条件として『TRUE END』は3巻までしか出せないことが決まり、その条件でやりましょうとなりました。1巻刊行時に「3巻で完結」と明言しているのは、過去に2回も掲載誌の休刊を挟んでいて、さらに『TRUE END』として新しく始まるとなると、以前からの読者も新規読者もどこから読んでいいか分からなくなる。とにかく事情が複雑。なので、本の「仕様」だけは最初に明確に伝えようと考えました。

西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(3)「終わらせたくない」から「終わらせる」へ-画像-03

『ディエンビエンフーTRUE END』は「シン・エヴァンゲリオン劇場版」?

――『TRUE END』を描くにあたって、今までと気持ちの変化はありますか?

双葉社から新装版が出たとき、復刊までしてくれて奇跡だな、と思いました。「弾薬の尽きた北ベトナム軍にソ連や中国から支援が来た」みたいな心境です。「最後のチャンス」という感じです。実は新装版はもっと装丁をもっと凝りたかったのですが、「わかりすく」という編集部からの注文に応えています。シンプルで良いとも言えますが、旧来の尖った装丁とは違う。「これじゃない」と思う人もいるとは思います……。それを踏まえて、『TRUE END』ではIKKI版とも新装版とも違うものをつくらないといけないので、悩みましたね。作品以上に悩みました。結果的に『TRUE END』の装丁は、共産主義らしい赤色も使っているし、オーソドックスでノスタルジックな「戦争もの」になっていると思います。ここまで来るのに時間がかかった。IKKI版の装丁コンセプトから考えると、普通に戦争ものになっていて、遠くへ来たものだなと。帯も「戦争文学」だし。装丁は柳谷さんに代わり川名潤さんが担当しています。

装丁

――「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」の「序」「破」「Q」の流れに似ていますね。

そうですね。というか、「シン・エヴァンゲリオン(劇場版)」だと思いますね。新劇場版の「序」「破」「Q」どれも素晴らしいですが、とにかく「Q」だけは『ディエンビエンフー』の11巻・12巻に似ていて、不思議な「コレジャナイ感」があります。僕は「シン・エヴァ」では14年の時間を経てしまったという「Q」の設定をなかったことにするんじゃないかと予想しています。僕の作品における「ホー・チ・ミン・カップ」のようなもので、破滅的なんだけど、観客に望まれるエンディングにはたどり着けないルート。ゆえに「無かったこと」になるんじゃないかと。だから『TRUE END』は「シン・エヴァ」なのかな、と。

――『TRUE END』というタイトルは、ビジュアルノベルなどゲームの分岐・マルチエンディングを思わせるところもありますね。各ルートのノーマルエンドやバッドエンドを終えて、制作者の正解とも言うべきトゥルーエンドに向かうような。

後から振り返ると、2001年の『とらしまもよう』を描いていたときに、ノベルゲームが流行っていて、掲載誌の特集も『月姫』でした。その後も東浩紀さんの『ゲーム的リアリズムの誕生』など、ゼロ年代は美少女ゲームをめぐる批評や言及が盛り上がっていました。僕は当時はマルチエンディングのノベルゲームにはさほど興味がなかったのですが、一周してそこに来たな、と(笑)。世界が分岐して良い終わりも悪い終わりもあり、そこから「トゥルーエンド」を選ぶということを今僕自分がやっているんだなと感じています。

撤退戦の始まり

――そこに至るまでには、けっこうな覚悟があったのではないでしょうか。

そうですね。やはり「雑誌が終わる、そして作品が終われない」という状況がなければ、ここまでの意識の変革はなかったですね。今回は本当に最後まで描き切る覚悟があるし、「望まれる形で正しく終わりたい」という読者に対する責任感も感じています。逆に言うと「IKKI休刊時にその覚悟があればよかったのに」と突っ込まれそうですが、その時はそういう気持ちになれなかった(笑)。バッドエンドがないとトゥルーエンドを思いつけませんでした。

西島さんに提供いただいた、『ディエンビエンフーTRUE END』単行本企画についての直筆のノート

西島さんに提供いただいた、『ディエンビエンフーTRUE END』単行本企画についての直筆のノート

西島さんに提供いただいた、『ディエンビエンフーTRUE END』単行本企画についての直筆のノート

西島さんに提供いただいた、『ディエンビエンフーTRUE END』単行本企画についての直筆のノート

西島さんに提供いただいた、『ディエンビエンフーTRUE END』単行本企画についての直筆のノート。

何度も練り直した装丁の手描きラフ(GIF動画)

『TRUE END』を楽しむための3つのコースを西島さんが解説(GIF動画)

新連載が始まるというよりは、撤退戦が始まったという気持ちですね。時間も予算も「3巻までしか出せない」というリミットも決まっているので、「どこまでも続けてみよう」という広がりとは違って、波が引いていくような一抹の寂しさのようなものがあります。「本当に終わってしまうんだ」と。もう16年くらい付き合っているテーマですからね。

たぶん、『TRUE END』の2巻を出す頃にはもっと寂しいでしょうね。開くのではなく、閉じる方向に向かって作品を描いているので、普通とは力学がまったく逆。でも漫画家としてはそれが正しいというか、長い間冒頭に描いたエンディングシーンで「終わりはこうだよ」と合図を送ってきたので、今までワガママにやってきたけど、今度こそそれを全うするという漫画家としての最低限の責任感を感じながら描いていますね。

西島大介による『ディエンビエンフー TRUE END』最終案内(3)「終わらせたくない」から「終わらせる」へ-画像-11

――終わりに向けて連載を始める、というのは不思議な感じですね。

そうですね。ループしているというか、「連載を始める」ということを何度も繰り返していますね。僕自身が美少女ゲームになっちゃった感じ(笑)。3冊出したら絶対に終わる。今描いてる連載は9話目だから、もう全工程の半分は終わっていて、2018年初頭に第2巻が出て、年内には確実に終わります。終わる前提でなければ、この『TRUE END』企画は通らなかった。

でもここまで紆余曲折あって長引いた作品が終わるというのは初めてなので、終えた時にどんな気分かわからないですね。もう漫画家でなくなってしまうかもしれない。『TRUE END』は『ディエンビエンフー』のすべてを総括して終わります。分岐化、マルチエンディング化なくしては、本気で終わらせようとは思わなかったはずだから、全て必然とも思えるし、事故的とも思う。とにかく最後まで描き切り、完璧に終わらせます。

――ありがとうございます。最後に、この『TRUE END』を読者の方にどんな風に楽しんで欲しいか、教えてください。

今まで『ディエンビエンフー』を知らなかった方は「初めまして」という気持ちで読んで欲しいです。『TRUE END』をきっかけにこの作品を知ってもらって、それ以前の新装版を後から読んでもらっても楽しめるように設計しています。ずっと読んできた方にとっては名残惜しいかもしれません。好きなスポーツの試合がもうすぐ終わるときや、コンサートが終わるときの感じです。ゆっくり味わっていただければ。

くり返しますが、『ディエンビエンフー』は『TRUE END』の3巻をもって本当に終わります。そして、終わるという喜びに満ちています!

ベトナムルックで来られて、資料もたくさん見せてくれた西島さんありがとう!

ほほえみ
  • 西島大介さん
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    西島大介

    漫画家。2004年『凹村戦争』でデビュー。『世界の終わりの魔法使い』『すべてがちょっとずつ優しい世界』など作品多数。「月刊IKKI」休刊により未完となった『ディエンビエンフー』が双葉社「月刊アクション」に移籍。完結を目指し『ディエンビエンフー TRUE END』第1巻を2017年8月10日刊行。「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」主任講師も務める。
    https://daisukenishijima.jimdo.com/

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