とあるアメリカ人ライターのエッセイ「! MAN」(訳:海猫沢めろん)

2017/12/15

WRITER海猫沢めろん

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とあるアメリカ人ライターのエッセイ「! MAN」【Zing!リマン】(訳:海猫沢めろん)

このコラムはGame Informer MagazineやClassic Game Room Undertowでゲームライター・作家として活躍するSteve H Millwalkerの原稿をぼくが翻訳したものだ。

彼は何年か前に、友達の紹介でウチのシェアハウスに住んでいた。日本のサブカルチャーや文学が好きで、滞在しているあいだ、通訳の友達を介していろいろと話をした。

彼と話をしていてぼくがびっくりしたのは、ゲーム・アニメ・マンガだけじゃなく、メディアでは知られていない日本のサブカルチャーが、アメリカの田舎で妙な消費のされ方をしていた事実だった。
この原稿は今年の夏に彼が書いたもので、本家のサイトでも読める。彼が日本語に粗訳したものを、ぼくがさらに翻訳する形で再現した(Google翻訳にはお世話になった)。初めてのことだったので不安だったが、思ったよりちゃんと翻訳できてる気がする。ちょこちょこ読みづらいのはぼくのせいです……すいません。なお編集部の指摘により、差別的な表現を穏当なものに変更した。ビックリマンとどういう関係があるかは読んでもらいたい。

「! MAN」

著:Steve H Millwalker
訳:海猫沢めろん

私は正方形と長方形のどちらを好んでいるのだろう。差異は明白だが、改めてどちらかが好きなのかと聞かれるとすぐには決断することができない。そのふたつは、いずれも日常にまぎれているどこにでもある四角形で、どちらが好きかなど考えていそうなのは、エウクレイデス(注:「ユークリッド幾何学」で有名なギリシアの数学者・天文学者)くらいだが、ならば古代ギリシャからこのかたそれについて考えているのは私で2人目の哲学者だということになる。それはそれで光栄なことだ。ノートに線を引いて、右と左にそれぞれの長所と短所を書いてみる。自分の右手と左手のどっちが好きかなど考えても、そう重要な発見はない。私はいま、人生の9割以上がそうであるように、無意味な時間を浪費しているということなのだろうか。そんな思いとは裏腹に、ますます考えてしまう。私は正方形と長方形、どちらを愛していたのだろう。

とあるアメリカ人ライターのエッセイ「! MAN」【Zing!リマン】(訳:海猫沢めろん)-画像-01

1989年の7月、私は兄のおかげで9歳にして一人前のギークだった。NES(※注:北米版のファミコン、Nintendo Entertainment System)やケーブルTVのカートゥーン、BD(バンド・デシネ)、マーベルのコミック。日本のマンガ。ギークに必要な教養科目はすでに履修し終え、早熟にもたくさんのガールフレンドとモニタの中で毎日デートしていた。私は用心深かったので、なるべく自分がギークであることを隠して生活していた。5つ上の兄の状態を見ていれば世の中でそういう趣味を持つ人間がどういった扱いをされるのかははだいたいわかる。私はその頃、自分をさらけ出す勇気をまだ備えていなかった。

私の町はシカゴから離れた、イリノイ州の南端に位置する田舎だった。ミントグリーンの校舎がひとつだけの小さな公立校、リンカーン・プライマリスクールに彼がやってきた時のことはよく覚えている。教壇に立っているグレシャム先生が宇宙人をつれてきたのだ。頭部だけがやたらと大きく、痩せており、銀色の身体をしていた。自己紹介をうながすと、驚くべきことにその宇宙人は聞いたことのない言葉を話した。みんながクエスチョンマークを貼り付けたような顔をしていると、先生は続けてホワイトボードに青いペンで名前を書いた。漢字で。次に英語で。そのおかげでみんな、それがサトシという名前の人間であるということに気づくことができた。銀色の身体だと思えたものはロゴ入りのシャツだった。

午前の授業が終わったあと、私がカフェテリアで昼食をとっていると、クラスメイトのエレンがやってきた。彼女はスチューデント・カウンシル(※注:生徒会のようなもの)に所属しており、ときどき私がそのサポートを要請されることがあった。彼女は私の隣りに座ると、サトシの家庭の話をはじめた。サトシの父はフィリップス・アカデミーからハーバードという理想的な米国のエリートコースを進んだ有能な元官僚で、母はニューヨークにあるファンドのクオンツ(※注:金融や証券などの業界において物理学・数学などのテクニックによって投資・運用を行う人のこと)だった。経歴だけみると鼻持ちならないアングロサクソンのアッパークラスで、どうしてこんなアメリカの田舎にやってきたのか疑問だった。だが、ふたりが日本人であることがエレンの口から語られると、なんとなく理解できた。まだ、人種によるガラスの天井が分厚い時代だった。エレンは私に、サトシと友達になってはどうかと提案したが、もちろん私は断った。友人というのはそういうふうに契約するものではないし、エレンがサトシを気にかけていること自体が、私にとっては腹立たしいことだった。

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翌日、体育の授業でイーサンがサトシをバスケットのチームに入れた。好奇心から、彼をちょっと試してみるつもりだったのだろうが、サトシの運動機能は深刻なバグを抱えていた。ドリブルは愚か、まともに走ることもできない。笑いが起きた。彼はルールすらわからないらしく、ボールをかかえて走り、相手のゴールに向かってシュートした。イーサンたちはもはや笑いもしなかった。PCに配慮することのない時代の容赦ない罵声を浴びせられ、サトシは人間ではなくなった。

その後、サトシはダーツの的や、クリケットのボールや、トイレに流される汚物になった。私には、彼がひどい目に遭うことが必然と思えた。いままでどこで暮らしてきたのか、発音は聞きづらいし、着ている服はヘンだし、数学の成績だけが良くて、ノートにはいつも数字がびっしり書かれていた。彼はやはり宇宙人だった。いつの映画もそうであるように、地球人はつねに宇宙レベルの寛容さを手に入れることはできない。私は教室で目立たないグループに属していたので、新しいスケープゴートの登場にいくらか安堵していた。

それから数日が過ぎた頃に、あれが流行した。マミーズチョイスという名前の小さなスーパーマーケットでそのチョコが30セントで売られ始めたとき、誰も自分がそれを買うなんて想像していなかった。近所の仲間とスーパーにいってそれを買ったのは気まぐれで、たんに安かったからだ。見たことのない文字とデフォルメされたキャラクターが描かれた魔術的な輝きを放つパッケージを開けると、正方形の形をしたウェハースチョコと一枚のシールが入っている。私たちにとってチョコはウィリー・ウォンカのチョコバーのように魅力的だったが、シールのほうはできそこないの紙クズにすぎなかった。だが、仲間の一人が私のとちがう、きらきら光るものを手にしているのを見たとき、私たちはそれがチャイナタウンのフォーチュンクッキーと同じシステムであることに気づいた。つまりこれはアタリとハズレがあるのだ。そしてそのきらきら光るものは間違いなく幸運の証だ。私たちはダンジョン&ドラゴンズのメタルフィギュアのドラゴンに魅了されたのと同じ勢いで、それを奪い合った。パッケージをあける。光るシールがあらわれる。今度のものは図像が立体的にうかびあがっている!正方形のそれを見て、原始人のよう叫びとどよめきが起きて、あとはそれに耽溺する。一種のドラッグめいた儀式――すなわち、収集と濫用という終わりなき地獄がはじまる。多くの地獄がそうであるように、それは天国に酷似しており、幼い私たちに見分けがつかなかったとしても誰も罪を問うことなどできない。それゆえ、この上なく幸福だった。正方形のチョコレートを買って、袋を開ける。大量の脳内麻薬が分泌される。それを繰り返せるだけ繰り返す。前に読んだことのある脳科学の本によると、人間の脳内麻薬というのは報酬を実際に得られるかどうかではなく、それが得られるという期待状態のときに一番分泌されているらしい。そのときの私たちときたら、毎日が麻薬漬けの状態だった。

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私たちはシールのことをいつしか、「タリスマン(※:TALISMAN=護符のこと)」と呼ぶようになっていた。誰が言い始めたのかはわからない。いつしかみんなが当たり前のようにそう呼んでいた。タリスマンは瞬く間に街から売り切れ、私たちは禁断症状に悩まされたが、ある日、サトシによってそれは解決された。

その日、サトシは不思議な物体を手にして現れた。正方形の分厚いクラフト紙でつくられた箱。「なんだそれ」いつものようにイーサンがサトシに罵声を浴びせるなか、周りのとりまきが箱のなかをのぞいて顔色を変えた。「おい、マジかよ!」「おまえそれをどこで手に入れた」箱の中にはいっているものは、我々が求めてやまないタリスマンだった。誰かが箱をあさって言った。「この箱にあるタリスマンはゴミばっかりだ」「タリスマン?」サトシは一枚のタリスマンを手にした。「なんてかいてあるかわかるか?」そう言って裏側を指差す。「タリスマンだろ」誰かが言うと、激高して「ノー! これは日本語(ジャパニーズ)だ」と叫び、教室のホワイトボードに、エクスクラメーションマークとひとつの単語――「! MAN」――と記した。それは彼が、自分が人間であるという主張をしているようにしか見えなかった。みんなは相変わらずそれをタリスマンと呼び続けた。

やがてサトシは学校内で、どこからか手に入れた高級なタリスマンを取引するようになった。最初はステーショナリー。それから宿題。そのうち誰かに誰かを殴らせることでタリスマンを与えた。ルチャリブレのエストレージャ(※注:メキシコプロレスのスター)のような七色の鳥人間の描かれたタリスマンを与えられたマイケルは、サトシの用心棒となり、イーサンは彼にしこたま殴られた。みんな、タリスマンを得るためならなんでもやるのではないかという気がした。タリスマン同士が交換され、レートはときどき変わり、新たなる経済圏が産まれた。正方形は富の象徴だった。もはやタリスマンは我々にとっての金融商品だった。サトシはマネーサプライを調整する役目を持った政府や銀行であり、マナを生み出す世界樹だった。私は消費者という立場でじっとそれを眺めていた。

エレンはタリスマンには興味がなさそうだったが、なぜかサトシとよくいるところを見かけた。それは、私にとってあまり気分が良いことではなかった。

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私達の混乱を無視するように、ミドルスクールにあがるまえに、サトシはあっさりと引っ越していった。学期が変わると、いつしかみんな彼のこともタリスマンのことも忘れていった。考えてみれば彼は一ヶ月ほどしか学校にいなかった。

やがてハイスクールにあがったころ、町でひとりのヒッピーをみかけるようになった。時代遅れの彼の収入源はハッパと、LSDをしみこませた紙――アシッドペーパーだ。安物のドラッグは貧乏な私達にはタリスマンのように魅力的だったので、ティーンたちはこぞって彼のドラッグを購入した。誰かの家のパーティーで集まったときのことだ。イーサンが忌々しげな顔で床にペーパーを落として踏みつけた。「この正方形は嫌なことを思い出させる」そのアシッドペーパーに描かれていたゼウスは、あの頃のタリスマンに印刷されたものとよく似ていた。やがてヒッピーはポリスに捕まり、町はまたクリーンになった。

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そして正方形の時代は終わり、長方形の時代がやってきた。17歳の私は、MTG(※注:マジック:ザ・ギャザリングという世界的に有名なカードゲーム)に魅了され、長方形のカードを狂ったように収集しはじめ、大学に上がる頃には、その世界で少しは名を知られたプレイヤーになっていた。ワシントン州のシアトル大学に進学した翌年、99年に地元で行われた世界戦では5位にまで食い込んだ。

2001年の冬、21歳の私はついにギークとしての才能を開花させた。北米で最大のゲーム雑誌であるGIM(「Game Informer Magazine」)でアルバイトをはじめたのだ。IBMのパソコンとWindows2000は私にとって幸運の箱だった。インターネットのおかげで、どこにいても原稿がやりとりできる。増刊号でまかされた担当分野はデジタルゲームではなくMTG。私の記事は評判もよく、インセンティブもたっぷりいただいた。

大学を卒業してから私はいくつかのメーカーでコンシューマーゲームの開発に参加した。20代はそれで終わった。30代になるとメーカーはどんどん姿を消し、私は編集者に戻り、ふらふらとし続けた。30代の後半にかつてのGIMの上司に声をかけられ、WEB部門のアドバイザーとして仕事をするようになった。仕事の合間にファンタジー小説やMTGのサイトを運営することで、私はそれなりに満たされていた。恋人はときどきいたが、長続きしなかった。自分の時間が贅沢に確保できるようになると、よく過去のことを思い出すようになった。正方形のタリスマンを集めていたあの頃のことを。

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今年の夏、地元のイリノイに帰ったときのことだ。私は広場のフードコートでアイスコーヒーを飲みながら、代わり映えしないどこにでもあるようなそのモールをながめていた。すると、ある女性が正面に座って、スマートフォンを見ているのに気づいた。エレンだった。数年前に同窓会で会ったときから5年は経っているが、30代になってしまえば5年など先週のことのように感じる。私よりも先に彼女がこちらに気づいて、近づいてきた。
「ミルじゃない。久しぶり」
「やあ。エレン。モールにきてAmazonで買い物かい」
「ちがうわよ。ちょっとわからないことがあって……」
そう言うと、彼女はスマホを見せながら、甥っ子にこのプレゼントを買いたいのに良くわからない……と言った。それは、MTGの構築済みデッキのボックスセットのひとつだった。
「みんな同じに見えるんだけど……」
店に行ったところで、興味がない人間にはどれも同じに見えても仕方ない。私は買い物に付き合うよ、と言ってモールにあるカードショップに入った。専門店のショーケースに展示されたカードを見てエレンはおどろいて「カードが1枚400ドル?」「ああ。MTGのカードは希少価値のあるものが多いからね」私はもっと詳しく説明したかったが、経験上、女性はこういったことに興味がないのを知っていた。
「あのころのタリスマンよりも価値があるのね」と、エレンが言ったので、私は忘れかけていたサトシのことを思い出した。あの頃の私達にとって、どうしてあの正方形のタリスマンが重要だったのだろうか。まるでもやがかかったかのように思い出せない。正方形の季節がすぎて、今、私は長方形に魅入られている。シールがカードに変わっただけで、私はあの頃の子どものままなのかも知れない。

「あなたもこのカードを沢山もってるの?」
「ああ。もってる。全部売ればそうだな……1万ドルにはなる」
「1万ドル……? ほんとに?」
呆れたようにエレンが言った。価値があるものはすべて経済のなかで金融商品のように取引対象になる。私は経済のことなんか知らない典型的なバカそのものの口調で「資本主義ってやつだね」とうそぶいた。
「最近昔のことをよく思い出す。覚えてる? サトシのこと」
「誰?」
「昔、プライマリスクールにいた日本人だよ」
「思い出したわ。いたわね」
「きみたちはつきあっていたんじゃないか」
「わたしが? ナンセンスだわ」
いかにもナンセンスそうに言って、彼女は自分の祖母が日本人であることを私に告げた。それにどういう意味があるのか、さまざまな解釈の方法があるが、とりあえずは同胞意識ということにしておいて、私は彼女の甥っ子が求めているカードボックスを手にした。
「これ長方形ね。タリスマンとちがう」
「今ではなんだって長方形だ」
「たしかに」
そう言って彼女はスマートフォンを見せた。
「サトシはどうしてるかな。まだタリスマンを集めているのかな」
「さあ。もう形にはこだわってないかも」
そう言うと、エレンはレジの店員に声をかけた。
「ねえ、このお店、ビットコイン決済できる?」
彼女の後ろ姿は、いつまでも正方形や長方形を集めているわけにはいかない、と言っているように見えた。
「そういえば、知ってる?」
「なにを」
「ビットコインを作った人の名前よ」
ああ、とため息のような声で私は答える。
「知ってるよ」
ビットコインの設計者は謎に包まれている。唯一、判明している名前は、サトシナカモトという。
単なる偶然が必然のように感じられる。
あの頃、正方形から価値を生み出したように、彼が今、形のないものから価値を生み出しているのを想像してみる。それは彼が人間であることの証明なのかも知れない。

エレンと別れて、モールを出ると外は暗くなっていた。駐車場のライトに照らされた地面は、ドラゴンの鱗のように濡れて輝いていた。
スマートフォンを取り出し、インスタグラムを撮影モードにする。正方形にきりとられた風景のなかで、反射光がきらきらと跳ね、それを横切るような私の影が斜めに伸びていた。
私はシャッターを押す。
私自身の価値を問うように。

  • Steve H Millwalker (スティーブ・H・ミルウォーカー)
  • PROFILE

    Steve H Millwalker (スティーブ・H・ミルウォーカー)

    ゲームライター・作家。アメリカ、イリノイ州生まれ。Game Informer MagazineやClassic Game Room Undertowで活躍中。

  • 海猫沢めろんさん
  • PROFILE

    海猫沢めろん

    高校卒業後、紆余曲折を経て上京。文筆業に。『左巻キ式ラストリゾート』でデビュー。『愛についての感じ』で第33回野間文芸新人賞候補。他に『零式』、『全滅脳フューチャー!!!』、『ニコニコ時給800円』 、『夏の方舟』などがある。小説以外でも、エッセイ『頑張って生きるのが嫌な人のための本~ゆるく自由に生きるレッスン』、ルポ『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』など多数。 ボードゲーム、カードゲームなどのアナログゲームを製作するユニット「RAMCLEAR」代表。

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