オタクの切実さが宇宙を拡張する―草野原々『最後にして最初のアイドル』の視点【視れば揺らぐこの宇宙】第8回

2018/02/05

WRITER吉田 隆一

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オタクの切実さが宇宙を拡張する―草野原々『最後にして最初のアイドル』の視点【視れば揺らぐこの宇宙】第8回

連載8回目です。今回は、日本SFの最前線に現れた恐るべき新人作家、草野原々氏を紹介します。

日本SFは新たな「夏の時代」に

日本SFの歴史には幾つもの「季節」がありました。日本SFの「春」とも呼べる黎明期から、映像作品を中心に「SFブーム」と呼ばれた「夏」の1970年代を経て、現在からは想像もできませんが、1990年代に「SF冬の時代」と呼ばれた時期もありました。
何を指して「冬」と呼ばれたのか……様々な意味合いがありますが、小説に限っていえば「SF新人賞が存在しない」時期で、SF小説の執筆を志す作家志望者が「SF作家」としてはデビューできない時代でした。

それでもSFを愛する人々の熱意と時代の変化によりSFをとりまく状況はゆっくりと好転し、伊藤計劃氏のブレイクを嚆矢とするいくつかのエポックを経て、日本SFは新たな「夏の時代」に突入しました。

その「夏」の象徴のひとつが、「SFマガジン」誌でのSF新人賞の復活です。1992年で中断された「ハヤカワ・SFコンテスト」は、2012年に「第一回ハヤカワSFコンテスト」(表記上、中黒点「・」を外して差異がわかるようになっています)として公募を再開。年1回ペースで現在も継続しています。

着実に多くの才能を世に送り出し続けているハヤカワSFコンテストですが、2015年に公募が開始された第4回にして、早くも驚異的な問題作が最終選考に残ってしまいます。

草野原々『最後にして最初のアイドル』です。  

草野原々の問題作『最後にして最初のアイドル』

『SFマガジン』2016年12月号に掲載された審査員評を読むと、審査における困惑が伝わってきます。
SFマガジン編集長・塩澤快浩氏による「前半三分の一は文芸作品として最低レベル」というコメント。決して褒めていないにも関わらず文章の半分が本作への言及に費やされている神林長平氏の評……いずれも、腹立たしくも気になってしまう、いわば「認めたくはないが特別な何か」と対峙してしまった気持ちが伝わってきます。

結果、本作は特別賞を受賞することになるのですが、SNSでの話題性から異例の電子書籍での刊行が決定。『伊藤計劃トリビュート2』(ハヤカワ文庫JA)への収録を経て、2018年1月に中篇三作品をまとめた『最後にして最初のアイドル』(ハヤカワ文庫JA)の刊行に至ります。

草野原々『最後にして最初のアイドル』(ハヤカワ文庫JA・早川書房)

文庫巻末に収録された前島賢氏による解説が素晴らしく、それを読んでいただければ……と書いてしまうと早くもこの文章が終わってしまいますので、SF入門者にも向けた本コラム、少し視点をずらして紹介します。

オタク文脈の要素を「ワイドスクリーン・バロック」として展開する草野SFの手法

現在発表されている草野SFに共通する特徴は、オタク文脈のガジェットとハードSF的アイデアをニューウェーヴSF的手法で繋ぎ、「ワイドスクリーン・バロック」として展開させている点です。
本連載で初めて登場する言葉「ワイドスクリーン・バロック」についての説明は後述します。まずは内包する要素を挙げていきましょう。

まずオタク文脈。例えばアニメ、アイドル、ソシャゲ、そして「百合」要素が作品をいろどるガジェットです。ガジェットではありますが、描かれる全てが物語の構造と抜き差しならない要素です。

文庫収録作品別に簡単に述べると……

『最後にして最初のアイドル』は、アニメ『ラブライブ』の二次創作作品『最後にして最初の矢澤』を改稿した作品です。余談ですが、塩澤編集長が「文芸作品として最低レベル」と述べた部分は、改稿する(キャラクターをオリジナルにする)にあたり書き足された、キャラクターの生い立ちパートにあたります。
登場人物が自称するところの「アイドル活動」が描かれた物語です。

『エヴォリューションがーるず』は、一世を風靡したメディアミックス作品『けものフレンズ』を連想させるアニメが物語の発端となり、ソシャゲを巡る思考実験が繰り広げられます。ラノベやアニメでおなじみの「転生トラック」も登場します。

そして『暗黒声優』はタイトルそのままに「声優」テーマです。

次にハードSF的テーマですが……これはネタバレに抵触してしまう(結末を示唆してしまう)ので詳細は書けませんが、生物学や宇宙論、物理法則に基づいたアイデアが贅沢に投入されます。

それらの要素をニューウェーヴ的な思索が繋ぎます。草野氏はインタビューにおいてP.K.ディックからの影響を語っています。それゆえか、草野氏が紡ぐ物語には(本連載でもたびたび取り上げている)「意識とは何か」などの哲学的なテーマが存在します。

SFの傑作の影響や流体力学をフィードバックさせた作風

生物相が大きく変化してゆく世界を舞台にした『最後にして最初のアイドル』は、人類がほぼ滅亡し巨大な植物群に覆われた地球を舞台にしたニューウェーヴSFの傑作、ブライアン.W.オールディス『地球の長い午後』も連想させますし、実際、草野氏は『SFマガジン』インタビューにおいて『地球の長い午後』のタイトルを挙げています。

進化シミュレーションSFでもある『エヴォリューションがーるず』は、やはり前述のインタビューで挙げられたドゥーガル・ディクソン『マン・アフター・マン』を連想させます。『マン・アフター・マン』は著者の恣意的な想像により人類進化をシミュレートした奇想画集です。生物学者でもある著者の奇妙によじれた空想は『地球の長い午後』や草野氏に通じるところがあります。

特筆すべきは『暗黒声優』です。エーテル宇宙論が支配する世界を舞台にした本作の構造は非常に巧みです。
エーテル宇宙論とは、光がまだ単純に「波動」としてのみ理解されていた時代の宇宙観です。例えば太陽光などは宇宙に満ちたエーテルという目に見えない「なにか」を媒介に波動として伝わってくる……と考えられていました。
声優と宇宙を繋ぐとしたらこれほどうってつけの「宇宙論」はありません。音声という「波動」のエネルギーが宇宙船の航行に用いられるアイデアは、「エーテル」→「波動」という連想により奇妙な説得力を帯びてくるのです。作中の「ビーム」の扱いも波動としてであり、一貫しています。

また本作は「流体力学SF」でもあります。エーテルの中に存在する物質を支配する物理法則は流体力学をおいて他にありません。作中、随所に流体力学を用いたガジェットが登場します。
本作は、我々が存在する現実の物理法則を、エーテル宇宙という(現代では)奇想にフィードバックさせることにより、いわば物理≒ハードSFと奇想≒ニューウェーヴSFが相互補完する構造になっているのです。

そして……それらの要素が結合し、最終的に草野流「ワイドスクリーン・バロック」となるのです。

ワイドスクリーン・バロックとは?

ワイドスクリーン・バロックとは、前述のオールディスにより命名された「SFの在り様」で、簡単に言ってしまえば「物語が異様なスケール感で広がっていくSF」です。
ニューウェーヴのような運動や、明確なサブジャンルではなく、いわば「大風呂敷を感じさせるSF」全般を指す言葉です。代表的な作品としてバリントン・J・ベイリー『カエアンの聖衣』(ハヤカワ文庫SF)などがあります。ベイリーもまた、前述のインタビューにおいて草野氏が挙げている作家です。

ワイドスクリーン・バロックに分類できる日本の作品として、アニメ『天元突破グレンラガン』『キルラキル』が挙げられます。この2作品は共に、ワイドスクリーン・バロックを明確に志向して制作されたアニメです。
特に『キルラキル』は『カエアンの聖衣』がアイデアの源流の一つであり、新訳版『カエアンの聖衣』の巻末解説は『キルラキル』脚本担当の中島かずき氏が担当しています。

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草野のワイドスクリーン・バロック作品は田中啓文を連想させる

小説ではどうでしょう。草野氏は「日本SFでこの人とまっさきに連想する作家はいない」と述べていますが、筆者には連想する作家が一人います。

先に述べた「日本SF冬の時代」にデビューした田中啓文氏です。

SF新人賞が消滅した冬の時代にSFを志向した作家志望者は、様々な手段でデビューを図りました。田中氏の場合、集英社主催の「第二回ファンタジーロマン大賞」に投稿した『凶の剣士』(刊行時に『背徳のレクイエム』に改題)でデビューします。
本作はファンタジー作品ではあるのですが、田中氏いわく「ワイドスクリーン・バロックの手法でヒロイックファンタジーを書いたらどうなるか」という意図で執筆された作品です。審査員の安田均氏に「あれってワイドスクリーン・バロックだよね」と見抜かれた……というエピソードがあります。

田中氏は「冬の時代」出身の作家らしく、SFに限定せず様々なジャンルの作品を執筆し続けています。例えば「ミステリ」ジャンル一つとっても、様々な探偵役(ジャズミュージシャンからヒトラーまで)が活躍する多種多様な作品があり、幅が広すぎて全貌がつかむのが容易ではありません。しかしSFにおいては、一貫してどこかにワイドスクリーン・バロックが意識された作品を発表し続けています。

田中氏の代表的なワイドスクリーン・バロック長編に『罪火大戦ジャン・ゴーレ』(ハヤカワJコレクション/2011年)があります。「600億人の死者が蘇った未来の地球」という状況設定からはじまるむちゃくちゃな物語です。『SFマガジン』での連載は大混乱のまま一旦幕を閉じ、大改稿の末に単行本化されましたが、大風呂敷を広げたまま現在も未完です。

罪火大戦ジャン・ゴーレ 1 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)  早川書房

また『蹴りたい田中』(ハヤカワ文庫JA)では、ワイドスクリーン・バロックに対する熱い思いが吐露されています。

草野と田中に共通する「言葉だったらなんでも生み出せる」という信念

草野氏と田中氏には(直接の影響関係は無さそうですが)共通点がいくつかあります。

まず強烈なエログロ嗜好……それはもう容赦なくグッチャグチャにグロテスクな描写っぷりです。
また、執筆時期にしか通用しなさそうな流行ネタを平気で作品に用いるあたりも共通しています。アニメやソシャゲを材にとる草野作品、ダジャレで全てを解決してしまう田中作品におけるオチのダジャレ(例えば『銀河帝国の弘法も筆の誤り』収録の短編『嘔吐した宇宙飛行士』のオチ)などです。
自身が愛好するアニメ作品等のネタを物語の骨格に組み込んでしまうあたりも共通点です。世代の違いもあり、組み込む作品の嗜好は大きく異なりますが。

なにより、どちらも「言葉だったらなんでも生み出せる」という信念が読み取れます。

草野氏の作品において、様々な謎は一見強引なレトリックで解決されたりもします。しかし、そこにはある種の「切実さ」が感じられます。
その切実さとは、オタクの偏愛と執着と言い換えられるものかも知れません。正体は不明ですが、文章から熱量が感じられるなら、そこには「何か」があるのです。
正体がなんにせよ、作者の切実さがレトリックに説得力を与えます。そしてレトリック≒言葉であれば「存在し得ないもの」も描けるのです。草野氏が創作活動において、言葉を用いる「小説という手段」を選んだのは必然なのです。
 
草野・田中両氏の作品からは、ばかばかしい展開の中にもそうした切実さが常に感じられます。そのため一概に「バカSF」と呼べないので……タチが悪いのです。二人とも、どれだけ真剣でどれだけふざけているのでしょう。あるいは彼ら自身もそこに明確な線を引けないのではないでしょうか。
 
では草野氏と田中氏、両氏が目指す地点は近いのでしょうか?
……現時点では、それはわかりません。

草野氏は「ワイドスクリーン・百合・バロック」という言葉を提唱しています(自作以外の作品例として『魔法少女まどか☆マギカ』を挙げています)。前代未聞です。
そうした奇想の果てにどのような大風呂敷が広げられるのか……今後の執筆活動が大いに期待されます。

『最後にして最初のアイドル』文庫オビに

「神狩り」以来42年ぶりの新人デビュー作での星雲賞受賞

とあります。
『神狩り』は作家・山田正紀氏の商業誌デビュー作にして傑作SFですが、『SFマガジン』掲載時に山田氏は下記の言葉(抜粋)を冒頭に示しました。日本SF史に刻まれた歴史的な宣言です
筆者には、草野氏もこの宣言と同様の視点で「SF」を追い求めているように思えるのです。

「想像できないことを想像する」
という言葉をぼくは思い浮かべる。一時期、この言葉につかれたようになり、その実現に夢中になっていたことがある――。
SFだったら、それが可能なのではないか?
  • 吉田 隆一さん
  • WRITER

    吉田 隆一(よしだりゅういち)

    1971年、東京生まれ。バリトンサックス奏者。“SF+フリージャズ”トリオ『blacksheep』などで活動。アニメ、SFに造詣が深く、雑誌やミニコミ誌等に論考やレビューを発表している。最新アルバムはblacksheep『+ -Beast-』(VELVETSUN PRODUCTS)

    Ryuichi Yoshida Official Web:http://yoshidaryuichi.com/

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