揺らぐ世界で生きるには――SFの視点【視れば揺らぐこの宇宙】第9回(最終回)

2018/03/02

WRITER吉田 隆一

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揺らぐ世界で生きるには――SFの視点【視れば揺らぐこの宇宙】第9回(最終回)

著者。手にしている本は、著者が子供の頃から現在まで最も読み返しているSF小説、小松左京『復活の日』(早川書房/2018年復刻版)撮影:長谷川健太郎

連載9回目です。今回で本連載は最終回となります。

素晴らしいフィクションをいくつかピックアップして紹介しながら、結果的にはSF史の側面を切りとって駆け足で紹介する連載となりました。
あ、SFと言いつつ、なにげなく『ヤマノススメ』が挟まっていますが……
 
というわけで、今回は本連載を振り返り、まとめと補足を行います。

第1回 P.K.ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の視点

【視れば揺らぐこの宇宙】第1回『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の視点

第1回では、P.K.ディックによる小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ハヤカワ文庫JA)及び、映画『ブレードランナー』を題材に、本連載の骨格となる視点「ニューウェーヴSF」を紹介しました。

ニューウェーヴSFとは、内宇宙(イナースペース)と呼ばれる人間の精神が描き出す不条理を、SFという手法であぶりだす思索的な表現形態です。
存在の揺らぎ、不安定な世界……60年代の英国から広まったニューウェーヴSFの価値観は、後に様々なフィクションに影響を与えることとなります。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』と、それを原案とする『ブレードランナー』 はそうした価値観の大きな発信源となりました。

2017年公開の『ブレードランナー2049』は、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』で描かれた「人間という存在を規定できるのか」というテーマに、前作『ブレードランナー』以上にフォーカスされた作品でした。これはAIについての(誤解もされやすいのですが)想像がしやすくなった現代において、より深めることが可能となった題材です。そしてディックが60年代に提起した問題の普遍性も、逆説的に証明されたと言えます。

第2回 市川春子『宝石の国』の視点

【視れば揺らぐこの宇宙】第2回/愛と変化を恐れるなかれ『宝石の国』の視点

第2回では、市川春子氏による漫画『宝石の国』(講談社アフタヌーンKC)を、ニューウェーヴSFの視点で解題しました。

本作は存在の揺らぎ、他者との関係の揺らぎ、時間と変化を、揺らぎの対極ともいえる結晶体=宝石に託し、美麗で繊細な描画で紡ぐ物語です。
あるいは、宝石に宿った魂ゆえに、肉体の生理に左右されない精神=内宇宙を見つめるSF作品とも言えます。
本稿発表後に放映されたTVアニメ版『宝石の国』は、期待を裏切らない素晴らしい作品となりました。1クール深夜アニメの宿命で、物語の中途で一旦閉幕となりましたが、続編が期待されます。

第3回 今井哲也『アリスと蔵六』の視点

【視れば揺らぐこの宇宙】第3回 あなたの価値はあなたが決められる--『アリスと蔵六』の視点

第3回では、今井哲也氏による漫画『アリスと蔵六』(徳間書店リュウコミック)を、ニューウェーヴSFからサイバーパンクSF、そして現代最新鋭のSFに連なる流れの中に位置づけて解題しました。

「魂」の有無をめぐるSFの思索は、ニューウェーヴSFから現代SFまで連なる大きなテーマの一つですが、本作はそうした大きなテーマを、現実に生きる我々の日々の悩みと同期させて描くという離れ業を達成しています。
2018年2月現在、漫画連載は休止しておりますが、アニメが好評だったこともあり、再開が期待されています。

第4回 しろ『ヤマノススメ』の視点

【視れば揺らぐこの宇宙】第4回 一歩踏み出して見える世界--『ヤマノススメ』の視点

第4回は、しろ氏による漫画『ヤマノススメ』(アーススター・コミックス)のお話をしました。

本作は、登山ハウツーと登山ドラマの高度なハイブリッドを実現した女子高校生ゆるふわ登山漫画です。谷甲州氏のハードウェアSF小説を引き合いに、「ハードウェアゆるふわ登山漫画」という少し不思議な定義をしました。
例えば登山シューズのメンテナンスを実践的に語りながら、そのメンテナンスを行うかどうかのちょっとした迷いがそのまま進路の悩みに繋がる……といったような作劇が随所にみられます。物語とガジェットを通し、登場人物の心理と成長を時間の経過と共に丹念に追うことで、単なる「キャラ付け」的ではない、必然性と説得力をもった人物造形を達成しています。
魅力的な登場人物たちが互いの関係の中で作り出す「ゆるふわ」で優しい物語が、繊細な語り口で描かれて います。

第5回 伊藤計劃『ハーモニー』の視点・前編

魂と私をめぐる物語--伊藤計劃『ハーモニー』の視点・前編【視れば揺らぐこの宇宙】第5回

第5回では、没後なお大きな影響力を後進に与え続けている作家・伊藤計劃氏のSFを、ポストニューウェーヴSF、ポスト90年代という視点で、関連作品と共に紹介しました。

伊藤氏の代表作『虐殺器官』(ハヤカワ文庫JA)は、90年代に敷衍された価値観の次代として絶妙なタイミングで現れた物語であり、そのエネルギッシュな語り口により「伊藤計劃以後」とも呼ばれる一時代を築くことになりました。

第6回 伊藤計劃『ハーモニー』の視点・後編

第6回は、やはり伊藤計劃氏の作品『ハーモニー』(ハヤカワ文庫JA)を取り上げました。

浦沢直樹『MONSTER』(小学館)、広江礼威『BLACK LAGOON』(小学館)という二つの漫画作品との共通項を探ることで、冷戦SFとしての『ハーモニー』について論じました。
……解題の必要上、大きなネタバレを含んだ文章ですので、『ハーモニー』の読後に読むことをお薦めします。

第7回 アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の視点

自走する言語と世界の揺らぎ--『魔法少女まどか☆マギカ』と虚淵玄&神林長平の視点【視れば揺らぐこの宇宙】第7回

第7回は、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』についてです。

脚本担当の虚淵玄氏のSF的な視点を、作家・神林長平氏のSF作品と関連付けて解説しました。伊藤計劃氏と同世代の作家である虚淵氏が、ポスト・ニューウェーヴを代表する神林SFから受けたであろう影響について語った文章とも言えます。
もちろんアニメは数多くのスタッフの共同作業で製作されるメディアですので、虚淵氏=『魔法少女まどか☆マギカ』ではありません。本連載はあくまで「視点」の提供が目的ですので、虚淵視点、SF視点での解釈と捉えていただけると幸いです。

第8回 草野原々『最後にして最初のアイドル』の視点

オタクの切実さが宇宙を拡張する―草野原々『最後にして最初のアイドル』の視点【視れば揺らぐこの宇宙】第8回

第8回では、驚異の新人作家・草野原々氏による『最後にして最初のアイドル』(ハヤカワ文庫JA)を紹介しました。

本作がデビュー作となる異才・草野氏による壮大な”百合”SF絵巻と、草野氏が影響を受けた「ワイドスクリーン・バロック」というSFの概念についての文章です。
やはりワイドスクリーン・バロックから強い影響を受け、この概念にこだわりを持ち続けている日本では希少な作家・田中啓文氏との共通項から解題を試みました。

連載の終わりに――SFの視点を楽しもう!

……というわけで以上8回に渡り、SFの視点で様々なフィクションを解題した本連載でしたが、一言で「SF」と言っても、人の数だけ解釈には幅があります。

本連載は、SFという広い概念の中から特に「ニューウェーヴSF」を軸に選びました。

まず「なぜSFの視点を用いたか」といえば、SFという概念が、現代における多くのフィクションに直接間接を問わず影響を与えているからです。ゲームなどを含むあらゆるメディアにおいてその概念が一般化し拡散しきっている以上、あらゆるフィクションの送り手はSFの影響から完全に逃れることはできません。

そして60年代初めにJ.Gバラードが提唱したニューウェーヴSFの概念は、以後のSFという表現手法に大きな変革をもたらしました。

……2016年から2018年にかけて、東京創元社より『J.G.バラード短編全集』が刊行されました。また、バラードによるアメリカ寓話『ハロー、アメリカ(旧題『22世紀のコロンブス』)』(東京創元社)の映画化も決定しています。バラードの視点を再確認すべき時代が来ているのです。

さらに現代日本SFは、漫画も小説もアニメも、全てにおいて新たな段階に突入しています。そのため受け手側の「SF」という概念の捉え方も革新を促されているとも言えます。
革新のための新たな作品とその送り手は続々と現れています。

文学とSFの境界を行き来する才人たち……連載第5回で関連作品をとりあげた芥川賞作家・円城塔氏や、数々のSF以外の文学賞を受賞している宮内悠介氏など、娯楽と思索を高い次元で両立させている驚異的な作家たちが縦横無尽に活躍しています。

2010年代に始まった二つのSF新人賞……連載第8回でも紹介した早川書房によるハヤカワSFコンテスト、そして東京創元社による創元SF短編賞、両賞の出身作家陣の活躍は目を見張るものがあります。

ハヤカワSFコンテスト出身作家の近作では、2017年刊行の小川哲『ゲームの王国』(早川書房)が同コンテストの成果として記憶されるべき作品と言えるでしょう。20世紀後半におけるアジアの悲惨とその先を、現代においてSFという手法で描く必然を感じさせる意欲作です。

創元SF短編賞は先に挙げた宮内悠介氏の他、高山羽根子氏、酉島伝法氏など類稀な「奇想」SF作家を次々に世に送り出しています。
同コンテスト出身作家の近作では、2018年1月刊行の石川宗生『半分世界』(創元日本SF叢書)が「海外文学の香りが漂う奇想SF」として評判となっています。

漫画、アニメにおけるSFは、ライトな作品から本格的に「攻めた」作品まで百花繚乱です。
本連載期間中にアニメが放映されたポスト・アポカリプスSF『少女終末旅行』は、先頃つくみず氏による原作漫画(新潮社)も最終回を迎えました。「ライトなSF」「本格的なSF」といった大雑把な枠組みを無効化する、普遍的なSF的ビジョンに由来する寂寥感にあふれた物語です。

……ここまで挙げた作品はほんの一例に過ぎません。小説でも漫画でも、若手作家のみならず意欲的なベテラン作家陣も話題作を発表し続け、気を吐いています。
本連載第八回で日本SFの「季節」についても少し触れましたが、今、日本のSFは確実に「夏」の季節を迎えているのです。

先に述べたように、現代における様々なメディアにおいてSFが直接間接を問わず影響を与えている以上、フィクションを読み解くためにはSFの視点が必須です。

ここでいうSFの視点とは「様々な視点での観察を試みる想像力」と言い換えても良いでしょう。視点を変えることで、物語の世界だけではなく、私たちが生きるこの世界も姿を変えます。確かだと信じていたものが揺らぎます。

そうして見えてくる世界は、矛盾に満ち、奇妙であり、不条理です。事物の価値の有無すら怪しくなります。多様性という言葉の字義も揺らぎます。

不条理と矛盾の内部で私たちが虚無に堕ちることなく生きるには、揺らぎ続ける世界を揺らいでいる状態のまま受け入れなければなりません。

SFの視点は、そのための力を与えてくれるのです。

本連載がそうしたSFの力に触れるきっかけになることを願っています。
……SFを楽しんでみませんか?

  • 吉田 隆一さん
  • WRITER

    吉田 隆一(よしだりゅういち)

    1971年、東京生まれ。バリトンサックス奏者。“SF+フリージャズ”トリオ『blacksheep』などで活動。アニメ、SFに造詣が深く、雑誌やミニコミ誌等に論考やレビューを発表している。最新アルバムはblacksheep『+ -Beast-』(VELVETSUN PRODUCTS)

    Ryuichi Yoshida Official Web:http://yoshidaryuichi.com/

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