2018/04/04

辞書マニアが語る、『広辞苑』との正しい付き合い方<新語編>

辞書マニアが語る、『広辞苑』との正しい付き合い方<新語編>

ながさわ

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2018年1月、『広辞苑』の10年ぶりの改訂版である第7版が刊行されました。発売の前後にはさまざまなメディアで改訂の模様が取り上げられ、その注目度の高さに改めて驚かされました。他の辞書の刊行がここまで報じられることはなさそうです。

広辞苑 第七版(普通版) 岩波書店(Amazonより)

報道で最も力点が置かれていたのは、どんなことばが新しく『広辞苑』に仲間入りしたのかということでした。『広辞苑』の広告も、新たに立項された語を強くアピールしています。特設サイトによれば、今回の新加項目には「婚活」「ちゃらい」「自撮り」「ツイート」「パワースポット」などがあるといいます。

では、これらの「『広辞苑』の新語」を、私たちはどう受け取ればよいのでしょうか。

「正式な日本語」でも「最新の日本語」でもない

よくあるのが、「正式な日本語として公認された」という受け止め方です。先日放送されたあるバラエティ番組でも、「上から目線」が『広辞苑』に載ったと聞いたアナウンサーが、「あまり使ってはいけないことばだと思っていたんですが、これからはばんばん使おうと思います」と口にしていたのが印象的でした。しかし、『広辞苑』は、「ちゃんとした場面で使ってもいいことばを集めた辞書」では決してありません。その証拠に、『広辞苑』は俗語や卑語、差別語なども広く立項しています。また、『広辞苑』に限らず、国語辞書は一般にそのことばを使っていいと「公認」できる立場にはありません。あくまで、そのことばが確かに存在し、現実に使われているのだと教えてくれるだけです。

また、「ついに辞書の仲間入りを果たした最新の日本語だ」というイメージを抱く人も多いようですが、これも誤解といえます。広告などを見ると、最先端のことばをたくさん収録している印象を持ってもらえるよう狙っていると思えないでもありませんが、『広辞苑』が新語の立項に慎重な方針をとっていることは公言されていることです。

ためしに、先述の特設サイトで新加項目として挙げられている「現代語」「カタカナ語」計60項目を既存の国語辞書で引いてみると、ほぼすべての語がいずれかの辞書ですでに立項されているのを確認できます。「勝負服」「名ばかり」などは、同規模のライバル辞書『大辞林』が1999年の第2版の時点ですでに立項していました。新語に強いことで定評のある小型辞書『三省堂国語辞典』は、60項目のうち、2014年の第7版で「朝ドラ」「無茶振り」「チュロス」など53語を立項ないし用例として掲出していますし、うち「上から目線」「がっつり」「スルー」などは2008年の第6版から、「グランドデザイン」に至っては1982年の第3版から言及があります。

『広辞苑』のいう「定着」とは

『広辞苑』は、新語については「定着したことばを載せる」と表明していますから、「今回新規に立項された項目は、ぴかぴかの新語ではないが、ここ10年の間で定着したことばなんだな」と解釈するほうが適切ではあるでしょう。ただし、新語に強いとうたう辞書が「定着していないことばまで載せます」と言っているわけでもありません。『広辞苑』以外の辞書も、やはり「定着したことば」を載せるのが原則です。何をもって「定着」と判断するのか、その基準が辞書によって違うだけなのです。

結局のところ、「『広辞苑』の新語」はあくまで「『広辞苑』の編集部が独自の基準で定着したと判断したことば」にすぎず、それ以上でもそれ以下でもありません。したがって、「『広辞苑』の新語」を正しく理解するためには、『広辞苑』がことばを立項する基準から理解する必要があるのですが、これはそう簡単ではありません。『広辞苑』の編集を担当する平木靖成さんでさえインタビュー(注)で「あくまでも感覚的なもの」と語っていることからも分かるように、『広辞苑』の新語の立項基準を明快に説明することはほとんど不可能です。

(注:朝日新聞2018年1月16日東京朝刊34面より。朝日新聞デジタル版の記事は有料会員登録が必要。
https://www.asahi.com/articles/DA3S13314667.html

ライバル辞書と比べてみると

ただし、他の辞書と比較することで、どのような特徴があるか読み解くことはできます。当然、辞書によって改訂の時期が異なり、現時点では『広辞苑』が最新の国語辞書ということになるため単純に比べるわけにはいきませんが、おおよその傾向はつかめるでしょう。

まず、収録語数でいえば『広辞苑』の半分以下である小型の国語辞書と比較すると、こと俗語に関しては『広辞苑』はわりあい積極的に立項していることが分かります。「お姫様抱っこ」「直箸」「自撮り」「ちゃらい」などは、ほとんどの小型辞書にありません。『広辞苑』より大きく先行しているのは、先述した『三省堂国語辞典』くらいです。

注目したいのは、同規模のライバル辞書である『大辞林』『大辞泉』との比較です。書籍版はそれぞれ2006年、2012年が最新と刊行からやや時間が経っていますが、この両辞書の改訂は本格的にデジタル版での更新にシフトしており、頻繁に項目の追加や語釈の修正などがなされています。

『広辞苑』第7版の新加項目が公表された当時、先述の60項目のうち、『大辞林』のデジタル版「スーパー大辞林3.0」は8割以上、『大辞泉』のデジタル版「デジタル大辞泉」はなんと「万人向け」「惚れ直す」を除く58項目を立項していました。『広辞苑』は、ライバル辞書のデジタル版よりはおおむね新語の立項が遅いといえます。

『大辞林』『大辞泉』はともに、もともと『広辞苑』よりは新語の立項に積極的な辞書でしたが、デジタル化によりこの傾向に拍車がかかりました。その最大の要因のひとつが、紙幅の制約がなくなったことです。容量を気にしなくてもよくなり、立項のハードルは大きく下がりました。また、頻繁に更新を行えるため、最新の時事用語などをいちはやく取り入れることもできます。現に「デジタル大辞泉」は、その後の更新で早くも「万人向け」「惚れ直す」を追加しているのです。

『広辞苑』が選んだことに価値がある

一方の『広辞苑』は、現在のところ編集は紙が主体で、デジタル版の内容も書籍版と変わりません。となると、見出し語の範囲という点において、『広辞苑』はデジタル主体の中型辞書には勝ち目がないようにも思えます。しかし、紙幅の制約があるということは、「『広辞苑』の新語」はそれだけ精選されたことばたちだということでもあります。

「スーパー大辞林3.0」にある「幼馴染みキャラ」「なんちゃってセレブ」「うpろだ」「テラワロス」や、「デジタル大辞泉」にある「LINE疲れ」「写真共有サービス」「ナマポ」「便所飯」などといった単純な複合語やスラングの多くは、デジタルだからこそ収録できたことばだと思われますが、『広辞苑』の考える「定着」には至っていないように感じられます。もちろん、これらの語は『広辞苑』にはありません。

ライバル辞書がこのようにどんどん膨張していく中にあって、約10年というスパンで「定着」を見極め慎重に見出し語を選定する『広辞苑』の役割は唯一無二のものになりつつあります。循環するようですが、「『広辞苑』の新語」は、『広辞苑』が選んだからこそ価値のあることばだと言えるようになってきているわけです。『広辞苑』自身は昔からそんなに変わっていないのに、というのが皮肉でもありますが。

「『広辞苑』の新語」があくまで「『広辞苑』の編集部が定着したと判断したことば」にすぎないというのは先に述べたとおりで、絶対視したり、規範とみなしたりすることはできません。しかし、「『広辞苑』の新語」が、厳選を経て立項されたことばたちだというのは確かです。「定着」しているという判断に一定の信頼は置けますし、各人が文章を書いたり、何かを語ったりする際のひとつの規準に用いるのにも向いているかもしれません。いずれにせよ、「『広辞苑』の新語」の特徴を正しく理解した上で、自分なりに『広辞苑』を利用するのが肝心です。

  • ながさわさん
  • WRITER

    ながさわ

    一介の辞書コレクター。暇さえあれば辞書を引いている。「四次元ことばブログ(http://fngsw.hatenablog.com/)」で辞書や言葉について発信中。

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