コンプレックスを無くすよりどう付き合っていくか―映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」鼎談(後編)

2018/07/13

WRITERインタビュー・テキスト:Zing! 編集部ピーター/撮影:トライアウト・佐野将宏

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コンプレックスを無くすよりどう付き合っていくか―映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」鼎談(後編)

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吃音の当事者にはそれぞれの対処法がある

――押見さんはどうやって吃音と付き合ってこられたんでしょうか。作品の中でも「ありがとう」を「サンキュー」に言い換える、などの表現がありました。

押見:言い換えはいっぱいありますね。なんとなく母音が言いにくいっていうのはあって、そういう理由付けをいろいろするんですね。本当はどうだかわからないですけど。今までの経験から「母音が苦手、という法則があるだろう」って自分で考える。でも違う音でつまずいたりするんですけどね(笑)。

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伊藤:私が取材した中でも、3語先にどもりそうな単語があると「あいつがくる」って警戒して、言葉がでない「難発」になってしまうというお話がありました。だから、それを避けるために言い換えをする。こういった言い換えも今まで大っぴらに語られてこなかったので、この映画ではっきりと出ていたのは新鮮でした。

押見:そういうのを笑って話せたら楽だったのになあ、と思いましたね。学生のときは笑えなかったですね。隠したかった。変な目で見られると思っていたので。志乃ちゃん状態でしたね。

――吃音という名称はその当時から知っていたんですか?

押見:いえ、それは大学生になってからですね。それまではあまり意識しないように、知らないふりをしていました。

――私自身も原作や映画を観て「自分もそういうところはあるのかも?」と思ったんですが、隠れ吃音の人は結構いるんじゃないでしょうか。

伊藤:極端に言えば、ほぼ全員そうなんじゃないかという気もします。しゃべる行為って、ちゃんとしてるように思われているけど、実はかなりバタバタした行為なんですよね。きっちり作文したものをアウトプットするんじゃなくて、しゃべりながら次の言葉を考えていくようなもので。だから多かれ少なかれ、うまくいかない経験は誰しもあると思うんです。重度な方は別ですけど、隠れ吃音レベルだとほぼ全員なんじゃないかと。

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――意識して「こうやって喉を震わせてこの音を出そう」とできるわけじゃないですもんね。加代と仲良くなっていくと、志乃ちゃんのどもりがちょっと軽くなる展開がありますよね。ああいう風に精神的な落ち着きで吃音が軽減されることってあるのでしょうか?

伊藤:人それぞれなんじゃないでしょうか。リラックスしているとかえって吃音が増える人もいるようです。家族と一緒のときにどもる人もいれば、純粋に緊張がどもりになる人でも「このキャラを演じればいいんだ」と関係がフィックスするとどもらなくなる人もいるようです。

押見:僕も波がありますね。家族といてリラックスしているときに、急にどもりが止まらないときはあります。一方で舞台の上に立って緊張しているのに、どもらないことも。自分でもそこの違いはよく分からないですね。なるべく壇上とか人前には出ないようにしているんですけど。こういう取材の現場などではどもらないんですけど、映像で撮られるのは緊張します。バタバタ前提だと分かっていればいいんですけど、緊張してはだめだと思うとどもる。という、理論です(笑)。

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――当事者のかたはそうやって独自の理論を持ってらっしゃるんですね。

伊藤:いろいろお持ちですね。客観的に聞くと「合理性があるのかな?」と思うこともありますけど。

――ジンクスに近いんでしょうか。

押見:そうですね。「この色の石を踏んだら今日はラッキー」とか、そういうおまじないみたいなものかもしれないですね(笑)。

コンプレックスを無くすよりもどう付き合っていくか

――南さんは現在15歳で志乃ちゃんとほぼ同じ年齢ですね。志乃ちゃんの悩みに共感できるところはありましたか?

南:すごく共感できました。私も嫌なことがあるとすぐに逃げてしまったり、目をそらしてしまったりするところがあって。あと自分の中にコンプレックスがすごくあるんですけど、それが志乃ちゃんにすごく重なりました。

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伊藤:コンプレックスってずっとついてくるものですもんね。克服するというより、付き合い方が変わる。『志乃ちゃん~』は映画でも漫画でも、ハッピーエンドというより「ずっとこれからも続いていくんだろうな」という終わり方ですよね。

押見:「コンプレックスを乗り越えて前向きになれたぜ」って終わっても何の役にも立たないと思って。そういうのが需要あるのは分かるんですけど、乗り越えないで終わるのが描きたかったんです。

――南さんは、志乃ちゃんを演じる前と後で何か変わりましたか?

南:私はコンプレックスを殺してもっと普通にならなきゃとずっと思ってたんですね。でも撮影が終わって、それを無くすよりもどう付き合っていくかのほうが大事なんだな、と知りました。考え方は変わったと思います。

押見:原作者冥利に尽きますね! 嬉しいです。

伊藤:最後、志乃ちゃんが「私が私を追いかけてくる」って言うのは名言ですよね。あのセリフはどういう背景で生まれたんですか。

押見:まさに自分がそんな感じだったんです。吃音のせいで自分はこうなってるんだと思ってたんですけど、突き詰めるとそうでもない。しゃべれてもしゃべれなくても自分が最低なことに変わりはない(笑)。そもそも最低なんだ、と。吃音のせいにしている自分が自分自身を差別している。その最低な自分を認めることから出発しないと、どこにも進めないと思ったんです。

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伊藤:「私が私を追いかけてくる」というセリフで、吃音の問題と思っていたことが抽象化されて、誰にでも通ずる問題になりましたよね。

押見:何かのせいにしたいんでしょうね。不自由さとか辛さを、誰かのせいとか、いじめられたせいとか……でも実は関係ない、別の問題なのかもしれません。

最後に

――『志乃ちゃん~』と吃音のこと、コミュニケーションについて、いろいろと発見のあるお話をいただきました。ありがとうございます。
最後に、南さんと押見さんから、これから映画を観られる方にメッセージをお願いいたします。

南:この作品に出会って、私自身、考え方が変わった部分があります。心臓がぞわぞわするというか、言葉では言い表せない、すごく素敵な感情が生まれてくる映画だと思います。ぜひたくさんの方に観ていただきたいです。

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押見:青春映画なんですけど非常にサスペンスやそれが弛緩する部分も多くて、エンタメ性も強い映画だと思います。漫画は志乃ちゃんの主観に絞って描いているんですけど、映画はいろんな人物や角度から楽しめるようになっています。菊地など他のキャラクターの掘り下げもあるので、漫画が好きな人もぜひ映画を観てほしいなと思います。

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――伊藤さんの『どもる体』は吃音というテーマが『志乃ちゃん~』と共通しています。最後にこちらの紹介もよろしくお願いします。

伊藤:『どもる体』というタイトルの通り、身体の問題として吃音を捉えている本です。治る/治らないという話ではなく、当事者のセオリーをいろんな方に聞いて、私なりに分析してまとめた本です。
『志乃ちゃん~』は人がどもるとき、実際体はどうなっているのかを映像で確かめられる作品だと思います。私も、「確かにこうだな」と納得しました。ぜひ映画も漫画も『どもる体』もセットで読んで、観ていただければなと思います。

――本日はどうもありがとうございました!


前編はこちら

・映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』公式サイト
http://www.bitters.co.jp/shinochan/
2018年7月14日より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。


  • PROFILE

    押見修造

    1981年3月19日生まれ。群馬県出身。2002年「真夜中のパラノイアスター」でデビュー。これまで思春期の少年少女をモチーフに、独創的な作風で数々の作品を発表。「惡の華」がTVアニメ化、また「漂流ネットカフェ」、「ぼくは麻理のなか」がTVドラマ化、「スイートプールサイド」が2014年松井大悟監督により映画化されるなど、人気作品の映像化が続いている。自身の体験をもとに描いた「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」は、2011年12月~2012年10月太田出版WEB連載空間ぽこぽこに連載され、大きな感動と反響を呼んだ。その後、2012年に単行本化され、ロングセラー作品として幅広い読者に愛読されている。現在、「ハピネス」(別冊少年マガジン/講談社)「血の轍」(ビッグコミックスぺリオール/小学館)を連載中。

  • 南沙良さん
  • PROFILE

    南沙良

    2002年6月11日生まれ。第18回ニコラモデルオーディションのグランプリを受賞、現在も雑誌「nicola(ニコラ)」専属モデルとして活躍。一方、女優としてはデビュー作『幼な子われらに生まれ』(17/三島有紀子監督)に出演、主人公・信(浅野忠信)の再婚相手の連れ子という複雑な役どころを演じ切り、報知映画賞、ブルーリボン賞新人賞にノミネートされるなど、高い演技力で注目を集める。また、行定勲が監督を務めたロックバンド・レベッカの17年ぶりの新曲「恋に堕ちたら」のMVに主演、透明感あふれる存在が話題となる。7月14日公開の『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』で、映画初主演を務める。

  • 伊藤亜紗さん
  • PROFILE

    伊藤亜紗

    東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。2010年に東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻美学芸術学専門分野博士課程を単位取得のうえ退学。同年、博士号を取得(文学)。主な著作に『どもる体』(医学書院)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)など。WIRED Audi INNOVATION AWARD 2017受賞。


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