1939年上半期、再び芥川賞同時受賞!川端康成曰く「全くの無名」の2人

2018/07/05

WRITER文:菊池良/絵:西島大介

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
1939年上半期、再び芥川賞同時受賞!川端康成曰く「全くの無名」の2人

1939年上半期はどんな時代だったのか

国民精神総動員強化方策が始まると、金属の回収や隣組制度の強化が行われた。軍需原料不足を理由に、ポストやベンチ、街灯などが回収された。また、砂糖やビール、絹織物などの公定価格が決められ、ぜいたく全廃運動や米穀配給統制法の公布も行われる。
国策ペン部隊が編成され、満州へと出発した。
ニューヨークで万国博覧会が行われる一方、ヒトラーはポーランドへの攻撃を意思表明した。

佐藤春夫「お互いに欠けたものを補っている」

1939年上半期の候補作は以下の通りだった。

岩倉政治「稲熱病」
木山捷平「抑制の日」
左近義親「落城日記」
長谷健「あさくさの子供」
半田義之「鶏騒動」
長見義三「姫鱒」

受賞作なしの声もあがったが、佐佐木茂索、瀧井孝作、横光利一らが「あさくさの子供」と「鶏騒動」を推し、支持者が同数ということでこの2作が同時受賞となった。
瀧井は「あさくさの子供」を「新写生文と云いたいような作品」、「鶏騒動」を「漫画風の筆つき」と評している。
佐藤春夫は「長谷君に欠けているものを半田君に見るし、半田君に欠けているものを長谷君に見る」と書いている。
川端康成は「二作家とも全くの無名、しかも処女作的なものが選ばれた、今回のような結果も、気持がよい」と結果にうれしさをうかがわせている。久米正雄は半田に「悪達者になっても関わないからよおお、どしどしやるんだよーオ」とエールを送っている。
しかし、「受賞者のことば」として長谷は「これから開けて来る、困難な道などに就て、あれこれと思いつづけている」、半田は「私はこれから、一体どうしたら良いのだろう」と2人ともプレッシャーを表明している。

「鶏騒動」「あさくさの子供」はどういう物語か

「鶏騒動」はある農村にロシア人のドナイフが引っ越してくるところから始まる。ドナイフは洋服の行商人をしており、村人たちは好奇心からドナイフに興味津々だ。
ドナイフの好物は卵だった。鶏を所有する婆さんの家に訪れ、産みたての卵を購入していた。婆さんはケチで有名で、村人たちからは嫌われていたが、2人は次第に仲良くなっていく。一年も経つと愛称で呼ぶようになり、ドナイフは婆さんにコロッケやマカロニをあげるようになる。
ある日、ドナイフは日ごろの感謝から、婆さんに5円札をプレゼントする。さらに新たな鶏をもらうことも決まり喜ぶ婆さんだったが……。

「あさくさの子供」はタイトルの通り、浅草小学校の子供たちが主役である。非行気味の少年少女たちが、悪知恵を働かせてイタズラに興じている。
ある日小学5年生の坂井星子は、6年の井垣伍平、高等科2年の里村秋子とともに電車に乗って荒川まで遠出する。荒川放水路で鞠を使って遊んでいると、その鞠を川に落としてしまう。井垣は鞠を取るため、泳げないにもかかわらず川の中に入ってしまう……。
都会に生きる子どもたちの奔放さが、「新写生文」と称された文体で書かれている。
『虚実』1939年4月号に載った「星子の章」に芥川賞が贈られ、その後『文藝春秋』11月号に「桂太の章」が載り、翌年に描き下ろしを加えて単行本としてまとめられた。
この小説を書いたとき、長谷は現役の教師だった。

芥川賞をきっかけに人生はめぐる

半田は1911年、横浜に生まれた。中学生のときには同人誌を作っていたという。16歳のときに国鉄へ就職。駅員として働きながら同人誌に参加し、小説を書いた。芥川賞を受賞した「鶏騒動」は初めて本名で発表した作品だった。
芥川賞の受賞を聞いたのは、勤め先の駅に泊まっているときだった。受賞の電報を受け取ってしばらく見つめると、そのまま寝てしまったという。
受賞後は駅員をやめ、菊池寛が編集長をしている映画雑誌の編集者となった。芥川賞を取ったことで菊池に目をかけてもらったのだと思われる。第二次世界大戦が終戦すると翌年2月に日本共産党へ入り、アカハタで「国鉄幹線」を連載した。日本民主主義文学同盟の創立にも関わった。
長谷は1904年、福岡県に生まれる。
子供時代はお金がなく、書店の立ち読みや図書館を利用して文学に触れた。師範学校時代から校友会雑誌に小説を書いた。就職して教師になり、自分のお金で本を買えたのが嬉しかったという。長谷の教員生活は17年におよんだ。長谷はその間、教師をしながら小説の執筆をつづけていた。
受賞した「あさくさの子供」は初めて原稿料をもらった小説だったという。
第6回受賞者の火野葦平とは、芥川賞の合同の受賞パーティーで知り合い、一時期は同じ家を借りて1階を長谷が、2階を火野が住んでいたという。長谷と火野は文学について語り合い、近くの銭湯へ風呂に入りに行っていた。
戦後の長谷は北原白秋の伝記小説も書き、それは北原白秋の再評価にもつながった。
1958年11月21日、福岡県の柳川に長谷の文学碑が建てられた。

  • 菊地良
  • PROFILE

    菊池良

    1987年生まれ。ライター、詩人。2009年に「二代目水嶋ヒロ」を襲名。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)、『世界一即戦力な男』がある。

  • 西島大介
  • PROFILE

    西島大介

    漫画家。音楽活動の名義は「DJまほうつかい」。2004年『凹村戦争』でデビュー。『世界の終わりの魔法使い』『すべてがちょっとずつ優しい世界』など作品多数。「月刊IKKI」休刊により未完となった『ディエンビエンフー』が双葉社「月刊アクション」に移籍。完結を目指し『ディエンビエンフー TRUE END』第1巻を2017年8月10日刊行。「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」主任講師も務める。

関連記事


この記事はいかがでしたか?
よろしければアンケートにご協力ください。

TOPに戻る

  • LINEで送る
  • はてなブックマークに追加
  • +1する
  • POCKET
  • facebook
  • ツイートする