2014年(下)芥川賞。「日曜美術館」キャスター小野正嗣と「目の良い書き手」柴崎友香

2018/09/06

WRITER文:菊池良/絵:つのがい

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2014年(下)芥川賞。「日曜美術館」キャスター小野正嗣と「目の良い書き手」柴崎友香

兄の死を意識しながら書いた『9年前の祈り』

春の庭

2014年下半期の芥川賞は小野正嗣の『9年前の祈り』が受賞した。選考会では、最初の投票で過半数を得た。4回目のノミネートでの受賞だった。

「渡辺ミツ」の息子が病気だという知らせが「安藤さなえ」の耳に入った。
さなえとミツは一緒にカナダ旅行へ行った仲だ。さなえの町にはカナダ人青年の「ジャック・カロー」が外国語指導助手として着任していた。そのジャックが立案した旅行企画に、さなえもミツも参加していたのだった。
ジャックを含めた8人でカナダを旅行したさなえは、道中でジャックの幼なじみである「フレデリック・ミロー」と知り合う。フレデリックはMBAの勉強をしているところだったが、日本映画の論文で修士号を取っており、日本語の知識があった。2人は旅行後も2年ほどメールのやり取りを続け、フレデリックが東京での仕事を見つけると、しばらくして2人は同棲を始めた。
最初は反対していたさなえの母も、フレデリックの年収や、孫にあたる「希敏(ケビン)」が生まれたことによって態度が軟化していく。
しかし、希敏が1歳になるころからさなえとフレデリックの関係はすれ違いを始める。
さなえはフレデリックと別れ、息子を連れて実家に戻った。その話は町周辺にすぐに広まった。
さなえと両親は「家族の誰とも似ていな」くて、何かあると「引きちぎられたミミズ」になる希敏を、海辺の集落で育て始める。そこへミツの息子の話を聞き、家族は病院に見舞いへ行くことにするのだった──。

『9年前の祈り』は闘病していた兄を意識しながら書いたという。髙樹のぶ子は「これまでの候補作の中では最も風通しが良」いと評している。
「出戻り」「片親」「誰とも似ていないカナダ人との子供」──というデリケートな要素に困惑しつつも、子供の可愛さには目がない親たちと、そこに絡み合うミツとの思い出が、海辺の潮風のような肌触りを感じさせる小説だ。

大分県から東京、パリへ。土地に根ざしたものを書く

小野は1970年、大分県出身。
小学生のころに図書室の本を読み、読書に目覚める。しかし、中学校では野球漬け、高校ではバス通学だったので読書はできなかった。
東京大学に進学。フランス現代思想を専攻し、レヴィ=ストロース、メルロ=ポンティ、ミシェル・フーコーに惹かれた。
創作を始めたのは大学院生のころ。中上健次や大江健三郎に影響を受け、出身である大分県に根ざしたものを書く。
26歳でフランスのパリ第8大学に8年間留学。現在はクレオール文学を研究している。立教大学文学部教授。NHK『日曜美術館』のキャスターも務めている。

九年前の祈り (講談社文庫) amazon.co.jpより

「目」の作家による「目」の良い小説が受賞

柴崎友香は「目」の作家だ。その観察力で目に入ったものをどんどん描写していく。
二松学舎大学文学部専任講師の荒井裕樹は、柴崎の小説を読むと「この小説家は、目に入ったものを全部書いているんじゃないか!」と思うほどだと言う。
柴崎の書いた『春の庭』は2014年上半期の芥川賞を受賞。
その選評で一貫して語られたのも、「目」についてだった。

「柴崎さんは終始一貫して、街、町、道、路地、建物といったものになにかの生命のようなものを感受して、その正体を暴こうとしてきた」(宮本輝)
「極めて目の良い小説家による、たいそう美しい縁取り」「目の良い書き手」(山田詠美)
「静かに客観を見極めようとする描写」(島田雅彦)

柴崎自身も散歩するのが好きで、「受賞のことば」でも「見えるものを書きたい」と書いている。

『春の庭』のあらすじ

“「”の形をしたアパートに住む「太郎」は、ある日、2階に住む女性の「西」がベランダから身を乗り出して、何かを見ていることに気がつく。どうやら西は近くにある水色の家を見ているらしい。その家には娘と息子を持った4人家族が住んでいる。
しばらく経ち、アパート住人との贈答のやり取りから、太郎は西と接点を持つようになる。
西と飲みに行った太郎は、なぜ身を乗り出して水色の家を見ていたかを知る。それはかつて出版された「春の庭」という写真集で、その家が出てくるからだった。西はこの写真集がお気に入りで、どうしても家の中がどうなっているかを知りたかったのだった──。

『春の庭』は視覚の描写もさることながら、季節の移ろいを感じさせる小説だ。太郎が住むアパートは取り壊しが決まっていて、間もなく出ていかなければいけない。西が好きな写真集に出てくる「水色の家」の住人はすでにいない。人々の関係性が変わっていく儚さに情趣を感じさせる。

選考会の日、柴崎は浅草のバーで編集者と飲んでいた。受賞を知らせる電話の着信がきたとき、焦って柴崎は「拒否」のボタンを押してしまったそうだ。そして、その直後、発表で知った友人たちのお祝いの言葉がきて受賞を知ったという。

「自分は小説家になるんだ」と決め、会社員のコスプレをしていた

1999年、「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」が文藝別冊に掲載されてデビュー。2000年に『きょうのできごと』の出版。行定勲監督によって映画化もされた。
子供のころは漫画家になりたかったが、途中で小説家にシフトする。高校2年生の夏に、夏目漱石の『それから』を読んで「こんな書き方があるのか」と衝撃を受ける。その夏に初めて50枚ぐらいの完結した小説を書く。
大学では地理を専攻。小説は書かなかったが、「自分は小説家になるんだ」と決めていたという。
大学卒業後は就職し、事務職の仕事をやっていたが、「会社員のコスプレ」のつもりでやっていたという。その年の夏に書いた小説を文藝賞に送ると、最終選考に残り、編集者から「別冊に何か書かないか」と声がかかった。会社は入社して4年で退職する。
「春の庭」は4回目のノミネートでの受賞。書き上げるのに2年かかったという。
受賞後第1作は『きょうのできごと、十年後』。初出版作の『きょうのできごと』のその後を描いたものだった。

春の庭 (文春文庫) amazon.co.jpより

2015年上期、又吉直樹の『火花』

第149回は珍しい「2人称小説」

  • 菊地良
  • PROFILE

    菊池良

    1987年生まれ。ライター、詩人。2009年に「二代目水嶋ヒロ」を襲名。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)、『世界一即戦力な男』がある。

  • つのがいさん
  • プロフィール

    つのがい

    漫画家・イラストレーター。静岡県生まれ。漫画を描くこと、読むこととは無縁の生活を送ってきたが、2015年転職を境にペンを握る。絵の練習としてSNSに載せていた「ブラック・ジャック」のパロディ漫画がきっかけで、2016年手塚プロダクション公式の作画ブレーンとなった。

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