2013年の芥川賞は、珍しい「二人称小説」『爪と目』と「ライトなカフカ」が書く『穴』

2018/09/13

WRITER文:菊池良/絵:つのがい

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2013年の芥川賞は、珍しい「二人称小説」『爪と目』と「ライトなカフカ」が書く『穴』

世にも珍しい「二人称小説」である『爪と目』

穴

第149回の芥川賞を受賞した藤野可織『爪と目』は「二人称小説」だった。「二人称小説」とは何か?

大別すると、小説には「一人称小説」と「三人称小説」がある。
「一人称小説」とは、語り手が誰かいて、その人の視点から語られる小説のこと。村上春樹の『ノルウェイの森』は「僕」という語り手がいるので一人称小説だ。
それに対して、「三人称小説」というのは語り手が特定の人物ではない。登場人物全体を俯瞰して語られるので、「神の視点」とも言われる。太宰治の『走れメロス』は、メロスやディオニス王、セリヌンティウスなどを俯瞰した視点で語っているので、三人称小説になる。
たいていの小説はこのどちらかに含まれるのだが、特殊な例として「二人称小説」もある。二人称とは、「あなた」を視点に語られること。
たとえば、『走れメロス』の書き出しを二人称小説にしてみよう。

三人称小説:メロスは激怒した。
二人称小説:あなたは激怒した。

二人称小説で書かれると、読者は自分のことが書かれているかのように錯覚して、普通の小説とはちょっと変わった読み応えになる。代表的な作品としてミシェル・ビュトール『心変わり』、ジェイ・マキナニー『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』がある。

芥川賞の選考会の日もホラー映画を見ていた

さて、前置きが長くなってしまったが、『爪と目』の話に戻ろう。
この作品は(おそらく)ある女性が幼少時のことを振り返りつつ、「あなた」について書いている。
「あなた」は眼科で妻子ある年上の男性と知り合い、不倫関係になる。男性の妻が死ぬと、結婚を視野に入れた同棲生活が始まった。「あなた」は仕事をやめて、男性の前妻との子供である幼い女の子と一緒に暮らし始める。「あなた」は家事・育児に熱心ではなく、女の子は爪を噛み始める──。

この小説を選考委員の島田雅彦は「成功例の少ない二人称小説としては、例外的にうまくいっている」「文句なく、藤野可織の最高傑作である」と絶賛した。
『爪と目』は淡々と語られる描写に、背筋がひんやりするような「冷たさ」がある。選考委員の宮本輝も指摘するように「ホラー趣味」を感じさせる小説で、「純文学ホラー」と称されることもあるようだ。
作者の藤野自身も『エクソシスト』や『悪魔のいけにえ』などのホラー映画が好きだと語る。芥川賞の選考会の日も、編集者たちとホラー映画を見ながら結果を待っていたという。
ホラー映画好きが書く「二人称」の純文学は、「あなた」に他の小説とは一味ちがった読書体験を与えるだろう。

※『爪と目』は厳密に言えば二人称小説ではないかもしれない。なぜなら語り手と「あなた」が誰なのか特定できるからだ。劇中の語り手が「あなた(にあたる人物)」に向けて語りかけている小説なので、正確には一人称小説かもしれない。


爪と目 (新潮文庫) amazon.co.jpより

「ライトなカフカ」が引っ越して穴に落ちる女性を書く

小山田浩子は2010年に「工場」で新潮新人賞を受賞してデビューした。
選考委員の1人である文芸評論家の福田和也に「ライトなカフカ」と評されている。
そんな小山田の『穴』が2013年下半期、第150回芥川賞を受賞した。

「私」は夫の転勤の都合で、夫の実家の隣にある一軒家に引っ越す。「私」は仕事をやめて家事だけをする生活になり、あまりの環境の変化に呆然とする。
ある日、「私」はコンビニに行く途中で、「黒い獣」を目撃する。犬にも猫にも見えないその獣を思わず追いかけていると、「私」は穴に落ちるのだった。
選考委員には

「見えているのに、見えていないものが、この小説にはたくさん出てきます」(川上弘美)
「なかなか抜け出せない魅力ある世界が構築されていて、そこは、狭いけれども言葉の密度が、うんと濃い」(山田詠美)

と評されている。
「穴」は常に携帯電話を離さない夫や、いつも地面に水を撒いている義祖父、なぜか子供に慕われている中年男性など、1つ1つは私たちが日常生活でも見るような光景が描写される。しかし、それが何だか奇妙な世界への裂け目となっているのだ。この作品を読んだあとに、ふと目にした光景の裏側を考えると、私たちの想像は活発になっていくだろう。
作者は創作について、「気づいたら奇妙なものを見ていたっていう現実の体験が原点にないと書けない」と語っている。

小説家になるために転職、今は自宅の食卓で書く

福田和也に「ライトなカフカ」と評されたように、小山田自身も好きな作家の1人としてフランツ・カフカをあげている。ほかにマリオ・バルガス=リョサ、スティーブン・ミルハウザー、レーモン・ルーセルの名前をあげる。
子供のころから読書が好きで、中学1年ぐらいまで「将来は作家になるんだ」と思っていたという。
その願望を思い出したのは大学卒業後に編集プロダクションに就職してから。
小説が書きたくなってからは残業のない派遣の仕事に転職してデビュー作を執筆した。
芥川賞の受賞とほぼ同時期に子供が生まれた。今は子供を保育園に預けたあと、自宅の食卓で執筆作業をしている。
毎日書いてはいるが、あとで読み返すと気になる点があり、なかなか新作が完成しないという。


穴 (新潮文庫) amazon.co.jpより

  • 菊地良
  • PROFILE

    菊池良

    1987年生まれ。ライター、詩人。2009年に「二代目水嶋ヒロ」を襲名。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)、『世界一即戦力な男』がある。

  • つのがいさん
  • プロフィール

    つのがい

    漫画家・イラストレーター。静岡県生まれ。漫画を描くこと、読むこととは無縁の生活を送ってきたが、2015年転職を境にペンを握る。絵の練習としてSNSに載せていた「ブラック・ジャック」のパロディ漫画がきっかけで、2016年手塚プロダクション公式の作画ブレーンとなった。

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