2010年芥川賞(下)は衝撃的な受賞コメントの西村賢太、フランス文学一家の朝吹真理子

2018/10/04

WRITER文:菊池良/絵:つのがい

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2010年芥川賞(下)は衝撃的な受賞コメントの西村賢太、フランス文学一家の朝吹真理子

「古い器に悪酔いする酒を注いだ」西村賢太の私小説

苦役列車

「そろそろ風俗へ行くつもりだった」

授賞式でのその発言に衝撃が走った。
『苦役列車』で受賞した西村賢太の発言だ。中卒で私小説を書くというパーソナリティも注目された。

『苦役列車』は中学卒業後に一人暮らしを始め、荷役会社の日雇い仕事で暮らす貫多が主人公だ。
貫多は日雇いで稼いではなくなるまで使い潰す日々を送っていたが、ある日派遣先に向かうバスで同い年の日下部と知り合う。
日下部は専門学校に通い、その生活を楽しんでいるようで、貫多は羨ましく思う。
2人は仲良くなり、仕事のあとに飲みに行くようになるが、コンパに行き彼女もいる日下部とは次第にすれ違いが多くなっていく──。

島田雅彦は「古い器を磨き、そこに悪酔いする酒を注いだような作品」と評している。
西村の小説の魅力はその文体だ。古めかしい言い回しに急に横文字が入ってくるところが笑いを誘う。
例えば、「いっぱしの若きローンウルフ気取り」「自らの生活を大いにエンジョイしている感じ」といったような文体だ。
本人も「笑えることを目指しています」(『キネマ旬報』2012年7月号)と言っている。

中卒で働きながら小説を読み、自らも書くようになる

西村は1967年生まれ、東京の江戸川区に生まれた。
小学5年生のときに父親が事件を起こし、母親とアパートを転々として暮らす。
中学卒業後は高校に進学せず、日雇い仕事を始めて一人暮らしをした。
若いころは家賃を滞納し、大家に「もう出てってくれ」と言われるまでそこで暮らすのが常だったという。
16歳ごろから神保町の古書店に通い始める。テレビを持っていなかったこともあって、暇つぶしはもっぱら3冊50円の文庫本を買って読み漁っていたそうだ。
私小説を読み始めたのは20歳のとき。古本屋で田中英光の全集に出会ったのがきっかけだった。
その後、29歳で暴行事件を起こしたあとに、藤澤清造の『根津権現裏』を読み、藤澤の「没後弟子」として「藤澤清造全集」を作ろうと決める。
全集の編纂の過程で起きたことを私小説にして文芸同人誌に載せたところ、『文學界』の同人雑誌評で好意的に評価され、小説を書き始めるようになった。
芥川賞の選考会の日は自宅に一人でいて「どうせ朝吹真理子にきまっている」と思っていたという。
『苦役列車』は森山未來主演で映画化もされた。受賞後も西村は一貫して私小説を書き続けている。


苦役列車 (新潮文庫)

25年ぶりの再会が引き起こす「記憶」をめぐる小説

朝吹真理子が紹介されるときは、その「家柄」に注目が集まりがちだ。
父は詩人でフランス文学者の朝吹亮二。祖父はジャン・ジュネ『泥棒日記』を訳した翻訳家・朝吹三吉。大叔母はフランソワーズ・サガン『悲しみよこんにちは』を訳した朝吹登水子。
しかし、幼少期は特別に文学に関する話を家族としたことはないという。
2作目の小説となる『きことわ』で芥川賞を受賞。西村賢太との同時受賞も注目を浴びた。

『きことわ』は記憶を巡る小説だ。
貴子(きこ)と永遠子(とわこ)はかつて夏休みになると、三浦半島にある別荘で遊ぶ仲だった。
2人の年齢は7つ離れていて、最後に会ったのは貴子が8歳、永遠子が15歳のときだ。
それから25年が経ち、別荘を引き払うことになった。永遠子はその作業を手伝うことになり、貴子と25年ぶりの再会をするのだった──。

選考委員の高樹のぶ子は「触覚、味覚、聴覚、嗅覚、そして視覚を、間断なく刺激する作品」「長文と短文の組み合わせが音楽的な効果をもたらしていて心地よい」と評した。
『きことわ』を読んでいると、寝ているのか起きているのかわからない「まどろみ」の感覚を思い出す。
永遠子は夢を見るが、その夢は過去の記憶で、はたしてそれが現実なのか夢なのかわからず、いろんな支流があわさって進んでいく川の水のように、するすると流れていく。

芥川賞を取って考え過ぎ、6年小説が書けなかった

朝吹は1984年、東京出身。慶應義塾大学の大学院で鶴屋南北の研究をしていた。
学生時代から詩人・吉増剛造が好きでおっかけをやっていた。吉増が毎日芸術賞を受賞した際、朝吹はパーティでスピーチをし、それを聞いた『新潮』の編集者に小説の執筆を持ちかけられる。
そして執筆したのがデビュー作の『流跡』である。
芥川賞の受賞会見では「嬉しい気持ちと畏怖の気持ちが、ない交ぜになっています」と語っていたが、受賞後は、しばらく書けなくなっていたという。
『きことわ』を書いた直後に『TIMELESS』というタイトルが浮かんではいたが、「いろいろ考えすぎてだめ」(『文學界』2017年4月号)だったそうだ。
しかし、歴史学者・磯田道史の「六本木は江姫が火葬された場所」という言葉がヒントとなり、『TIMELESS』が2016年1月号の『新潮』から連載される。
「考えすぎてだめ」だったので、「なにも考えないで書いて」いるという。


きことわ (新潮文庫)

職歴なしで小説を書いた田中慎弥

商社の次長が芥川賞を受賞

  • 菊地良
  • PROFILE

    菊池良

    1987年生まれ。ライター、詩人。2009年に「二代目水嶋ヒロ」を襲名。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)、『世界一即戦力な男』がある。

  • つのがいさん
  • プロフィール

    つのがい

    漫画家・イラストレーター。静岡県生まれ。漫画を描くこと、読むこととは無縁の生活を送ってきたが、2015年転職を境にペンを握る。絵の練習としてSNSに載せていた「ブラック・ジャック」のパロディ漫画がきっかけで、2016年手塚プロダクション公式の作画ブレーンとなった。

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