北原白秋、宮沢喜一…暗記のため「辞書を食べた」伝説。本当かウソか?調べてみた

2018/10/15

WRITERながさわ

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北原白秋、宮沢喜一…暗記のため「辞書を食べた」伝説。本当かウソか?調べてみた

みなさん、辞書を食べていますか?

私は食べていません。

辞書を食べたことがある人はそういないであろうと推測しますが、誰それは辞書を食べていたのだというエピソードを耳に挟んだことがある人は、それなりにいるのではないでしょうか。たとえば、作家の森まゆみは

「子どものころ、辞書を覚えるとそのページを食べてしまう人や、その薄い紙で葉巻を巻いて吸う人の話を父に聞いてびっくりした」

と書いています(『その日暮らし』p.59)。

辞書を食べてしまうなどびっくり人間そのものですが、かような噂が流布するだけあって、「辞書を食べた」という伝説が残る人物は一人や二人ではないのです。

食べ残したカバーを桜の下に

中でもよく知られているのは、歴史学者の朝河貫一のエピソードです。中学時代から秀才で、卒業式では総代として英語で答辞を述べてもいる朝河は、英語辞書を毎日2ページずつ暗記し、覚えたページは食べてしまっていたというのです。つけられたあだ名は「辞書喰い」でした。

最終的に、その辞書はカバーだけになってしまい、校庭の隅にあった桜の木の下に埋められたといいます。この桜は「朝河桜」と呼ばれるようになり、現在も朝河の母校である福島県立安積高校で花を咲かせています。

同じく英語の辞書を食べていたとされる人物に、東洋学者の赤塚忠(きよし)がいます。辞書に関わるところでは、角川書店の漢和辞書『新字源』初版の編者のひとりとしても思い出されます。一高の同級生だった作家の杉浦明平は、当時、赤塚が英和辞書の覚えたページを食べてしまうという噂を耳にしています。

『言海』を食べた北原白秋

朝河貫一と同時代を生きた詩人の北原白秋は、国語辞書である『言海』を食べたと言われることがあります。

なんでも、白秋は中学時代に『言海』を2冊買い、1冊は毎日少しずつ切り取って学校の行き帰りに暗記し、覚えたら近所の堀に捨てて帰ったのを、「ぼくはことばを食べた」と言ったというのです。

本当に『言海』をちぎって暗記したのかと、白秋のいとこである北原正雄が本人に質したところ、「そりゃ嘘だよ」と一言のもとに否定されてしまったそうです。とはいえ、「あれ位、文字を知り、又あれ位言葉を駆使した人も珍らしかっただけに、そんな噂を生んだのも無理からぬ事かも知れない」と回想しています(「白秋は永遠に生きる」)。

辞書を食べると下痢をする?

辞書を食べたと言われる人物には他に、ともに首相経験者である田中角栄と宮澤喜一がいます。宮澤喜一については、こんな小話が残っています。

1992年7月、米ワシントンで行った講演の冒頭で、司会者に「首相は英語を覚えるために辞書を食べてしまったそうです」と紹介された宮澤喜一。これに対し、すぐさま「辞書のインディアンペーパーは紙巻きたばこを作るのに最適で、私もよく巻いて作ったもの」と気の利いた冗談で切り返し、喝采を浴びました(朝日新聞1992年7月3日夕刊2面)。

森まゆみが父から聞いたという「薄い紙で葉巻を巻いて吸う人の話」とも共通点のあるエピソードです。

以上に挙げた話は、いずれも伝聞で、確証のある話ではありません。しかし、中には自分の口から辞書を食べたときのエピソードを語っている人物もいます。早大教授を務めた国文学者の暉峻(てるおか)康隆です。

高校受験の際、英単語を覚えるため、やはり辞書を一枚一枚食べる方法で試験を乗り切ったという暉峻。インタビュアーの記者に対し、「自分の道を自分で切り開いていくのが青春。青春ってつらいんだ。辞書を食べたあと僕も、下痢をしてね……」と、辞書を食べることの苦労(?)を弁舌軽く述べています(読売新聞1988年10月9日東京朝刊15面)。

ただし、軽妙な語り口で茶の間の人気を博した暉峻のことですから、これもどこまで本当なのかはわかりません。

結局、辞書を食べる話とは何なのか

社会学者の竹内洋は、受験の心性史についての著書『立志・苦学・出世』の中で、本人が子供の頃に聞いた本間雅晴の伝説について触れています。陸軍中将の本間は、中学時代に英語辞書を読んで暗記し、覚えたページを食べたという、お決まりの話です。本間も朝河貫一や北原白秋と同世代の人物ですね。

これについて、竹内は「こういうエピソードそのものはどこにでもあるが、郷里からでて偉い将軍になった人の話として語られるところに意味があった。〔中略〕どんな領域でも人間努力をすればエラくなれるという汎用性のある教訓で語られていた」(p.119)とまとめています。

つまるところ辞書を食べる話とは、立派な人の努力のたとえとして、教訓性を伴って語られてきたものなのでしょう。

朝河貫一の母校である安積高校を取材した記者は、学校の生徒に「朝河にあやかって辞書を食べる生徒はいないか」と尋ね、「そんな人はいないと思います」とにべもなくあしらわれています(朝日新聞1999年11月26日福島朝刊26面)。

「辞書を食べた話」はあまり真に受けず、そういう伝説が残るほど勉学に励んだ先人がいたのだなと思うにとどめておいてもよさそうです。実際に食べてみるのも悪くありませんが、おなかを壊しても責任は持ちませんので、あしからず。

(敬称略・引用に際しては仮名遣いを改めたところがあります)

引用・参考文献 阿部善雄(2004)『最後の「日本人」 朝河貫一の生涯』岩波書店(岩波現代文庫)
北原正雄「白秋は永遠に生きる」,稲村徹元監修(1987)『近代作家追悼文集成 第十八巻』ゆまに書房
今野真二(2014)『「言海」を読む ことばの海と明治の日本語』KADOKAWA(角川選書)
佐藤達夫「辞書をたべる」,朝日新聞1963年2月2日東京朝刊9面
杉浦明平「辞書を食べる」,柳瀬尚紀編(1997)『日本の名随筆 別館74 辞書』作品社
竹内洋(2015)『立志・苦学・出世 受験生の社会史』講談社(講談社学術文庫)
田代晃二(1975)『美しい日本語の発音 アクセントと表現』創元社 森まゆみ(2000)『その日暮らし』みすず書房
「昔はみんな、辞書を食べて覚えた!?」,『ケトル』VOL.23(太田出版)

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    ながさわ

    一介の辞書コレクター。暇さえあれば辞書を引いている。「四次元ことばブログ(http://fngsw.hatenablog.com/)」で辞書や言葉について発信中。

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