2008年芥川賞は「派遣世代」&「初の日本を母語としない」小説家が受賞

2018/10/18

WRITER文:菊池良/絵:つのがい

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2008年芥川賞は「派遣世代」&「初の日本を母語としない」小説家が受賞

初の「日本語を母語としない」受賞者

ポトスライムの舟

芥川賞は最年少記録や最年長記録の更新があるといっそう盛り上がるが、第139回の芥川賞は初の「日本語を母語としない」人物が受賞した(候補自体はリービ英雄『天安門』がある)。
受賞作『時が滲む朝』を書いた楊逸は中国出身だ。

『時が滲む朝』のストーリーは中国から始まる。
幼馴染みの梁浩遠と謝志強はお互いに大学進学を目指し、勤勉を貫いていた。
2人は同じ大学に入り、卒業後は故郷の高校で教師をするのが夢だった。
念願かなって秦漢大学に受かった2人は、上京して寮に寝泊まりしながら学問に励む。
1980年代、大学は民主化運動が活発になっており、2人もそれに参加するようになる。
しかし、運動は思うようにいかず、市井で働く商人と議論しても噛み合わない。
そして、2人は刑事事件を起こしてしまい、大学を退学処分になってしまう──。

『時が滲む朝』は野望に燃える若者の立志伝だ。しかし、時代に翻弄され、波に飲まれていく。どこか結末は分かりながらも、この人たちは運命はどうなってしまうのだろうと、どこまでも読んでしまう。

一瞬よみがえった「近代日本文学」?

楊逸は1964年中国ハルビン市出身。父親は大学の先生だったが、文化大革命で下放され、三年半ほど地方で農作業に従事する。ハルビンに戻ってからは家がないので高校の教室を借りて住んでいた。
1987年に日本に留学し、お茶の水女子大学を卒業。在日中国人向けの新聞社に勤務したあと、中国語の講師になる。
新聞社ではさまざまなペンネームを使って詩やエッセイを書いていた。
2005年に起きた中国での反日暴動の影響により、中国語を習う人が一気に減った。このままでは仕事がなくなると思い、小説の執筆を始めた。
2007年、『ワンちゃん』で文學界新人賞を受賞。中国人が日本語で伝統的とも言える端正な小説を書いたことは、驚きをもって迎えられた。
文學界新人賞の選考委員である浅田彰は選評にこう書いている。

「『近代日本文学』は終わったのかもしれない、しかしそれが中国人の書き手によって一瞬なりとも甦ったとすれば興味深い事件と言うべきではないか」

芥川賞受賞が決まった夜は、記者会見から帰宅してベッドに横たわると、すぐに涙が出てきた。人生のすべてが報われた気がしたのだという。
最新作『エーゲ海に強がりな月が』は2017年6月に出版。よみがえった「近代日本文学」はどこへ行くのか。


時が滲む朝 (文春文庫)

「派遣世代」の小説家が芥川賞を受賞

津村記久子の作品は「働き方小説」「派遣世代の小説」とも称されてきた。津村が描き出すのは常にこの世界で働く誰かだ。
2009年の芥川賞はそんな津村の『ポトスライムの舟』が選ばれた。そのあらすじはこうだ。

工場で契約社員として働くナガセは職場にあるポトスライムに水をやりながら、世界一周旅行を呼びかけるポスターに気がつく。
ナガセは工場のほかにも友人のヨシカが経営するカフェでも給仕をしており、週末はパソコン教室の講師もしている。
世界一周にかかる費用は163万。それはナガセが工場で得る1年間の給与とほぼ同額だ。
ナガセは決断する。1年間、節約してカフェとパソコン教室でもらえる給与だけで生活し、世界一周旅行に行こう。しかし、はたしてそれはできることなのか──。

選考委員の山田詠美からは「目新しい風俗など何も描写されていないのに、今の時代を感じさせる」と評された。
『ポトスライムの舟』は設定やあらすじだけ見ると、格差社会を訴える小説に見えるかもしれない。しかし、読んでみるとそう単純ではない。出てくる人物たちはときに明るく、そして素っ気ない。恋愛小説のようなドラマチックなことは起きない「平熱」の世界が展開される。後述するようにこれは「ニッチ小説」なのだ。

「恋愛小説」ではない「ニッチ小説」を書き続ける

津村は1978年大阪生まれ。大谷大学文学部を卒業。25歳のときに、祖母が亡くなったことをきっかけに、自分もいつか死ぬかもしれないから好きなことをやろうと、小説を書き始める。
子どものころから読書は好きだった。幼稚園のころは絵本を読み、小学生になると『若草物語』などの児童文学や、『キュリー夫人伝』などの偉人伝も読み始める。
しかし、中学2年生のときに洋楽ロックにハマり、読書は一時休止。高校時代はバンドを組み、美術部で油絵を描いた。大学で文学部に進学すると、再び本を読み始める。
土木関係の会社に勤務しながら執筆をし、2005年に太宰治賞を受賞。会社勤務は芥川賞受賞後もつづけ、2012年に退職するまでは兼業作家だった。
津村は自分の小説を「ニッチ小説」だという。「恋愛小説はみんな書いているので、私は誰も書かない小説を書こう」という精神で執筆しているそうだ。
2018年6月に最新作『ディス・イズ・ザ・デイ』が出版された。これからもニッチな小説を書き続けるのだろう。


ポトスライムの舟 (講談社文庫)

  • 菊地良
  • PROFILE

    菊池良

    1987年生まれ。ライター、詩人。2009年に「二代目水嶋ヒロ」を襲名。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)、『世界一即戦力な男』がある。

  • つのがいさん
  • プロフィール

    つのがい

    漫画家・イラストレーター。静岡県生まれ。漫画を描くこと、読むこととは無縁の生活を送ってきたが、2015年転職を境にペンを握る。絵の練習としてSNSに載せていた「ブラック・ジャック」のパロディ漫画がきっかけで、2016年手塚プロダクション公式の作画ブレーンとなった。

関連記事


この記事はいかがでしたか?
よろしければアンケートにご協力ください。

TOPに戻る

  • LINEで送る
  • はてなブックマークに追加
  • +1する
  • POCKET
  • facebook
  • ツイートする