2006年芥川賞は、“フリーター文学”の 『八月の路上に捨てる』と“日本八〇後女性作家”の『ひとり日和』

2018/11/02

WRITER文:菊池良/絵:つのがい

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2006年芥川賞は、“フリーター文学”の 『八月の路上に捨てる』と“日本八〇後女性作家”の『ひとり日和』

「フリーター文学の誕生!」と書かれた『八月の路上に捨てる』

八月の路上に捨てる

第135回の芥川賞を受賞したのは伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』だった。

『八月の路上に捨てる』は8月31日に自動販売機の商品の補充をする敦と水城の姿を描いている。水城は明日から総務部に異動することが決まっており、敦は明日に離婚届を提出することになっている。
2人はトラックで配送ルートを回りながら、お互いの身の上話をする。敦は脚本家になる夢を追いながらアルバイトをしていた。妻の知恵子も夢を追って出版関係の仕事をしていたが、やがて辞めて通信制のアナウンサー講座を始めだした。次第に2人はすれ違いだす──。

選考委員の黒井千次には「紛れもない現代の光景の一つが捉えられている」と評価され、「フリーター文学の誕生!」というキャッチコピーがつけられた。

『八月の路上に捨てる』は敦の結婚生活最後の日と、そこに至るまでの妻との日々を交互に描写する。それはどこか淡々としている。喜劇でも悲劇でもないフラットさがある。ともすれば窮状とも捉えられる「アルバイト生活」「離婚」を、平熱の温度で描いているのがこの小説の特徴だ。

編集者になりたかったけど小説家になり、辞めようとも思っていた

伊藤は1995年に『助手席にて、グルグル・ダンスを踊って』で文藝賞を受賞しデビュー。選考委員だった江藤淳が絶賛をした。
受賞時はまだ大学生。留年したことがきっかけでまとまった時間ができ、執筆を始める。賞を取るまでは小説家よりも編集者志望で、文藝賞を主催する河出書房新社に就職したかった。面接で小説を書いて文藝賞に応募したことをアピールすれば、雑誌『文藝』の編集部に入れるのではと思っていた。
しかし、『助手席~』で受賞が決まり、編集者と小説家のどっちを取るかを悩み、小説家を選んだ。
大学卒業後はゲームの攻略本を作る編集プロダクションに入ったが、2年で退職して専業作家となる。
2000年に出した『ミカ』で小学館児童出版文化賞を受賞。このころ、小説家を引退することも考えていて、2003年の『盗作』は最後の作品のつもりで書いていた。
作家10年目の2005年に短編を書くようになり、芥川賞の候補になるようになる。『八月の路上に捨てる』で受賞。
その後も精力的に作品を発表し続け、最新作は『はやく老人になりたいと彼女はいう』を2017年11月に出版した。


八月の路上に捨てる

第136回芥川賞は『ひとり日和』が受賞

『ひとり日和』は三田知寿が上京し、親戚の荻野吟子の家に引っ越してきてから始まる。
知寿は20歳で、吟子は71歳。家は駅のホームのすぐそばにあり、電車からその家の様子を見ることができる。
知寿が東京にきたのは、仕事を見つけるためだった。2人暮らしだった母親が仕事の都合で中国に行くことになり、知寿は日本に残って東京に行くことを決めた。
知寿はすぐにコンパニオンのアルバイトや、キオスクでのアルバイトを見つけて働きだす。
ある日、2年半付き合っていた陽平の家に行くと、知らない女が部屋にいるのを目撃する。陽平はへらへら笑っている。
母親と離れて暮らし、恋人とも別れて、知寿の東京での生活が始まった──。

村上龍は「読んでいる途中から候補作であることを忘れ、小説の世界に入っていた」、石原慎太郎は「都会で過ごす若い女性の一種の虚無感に裏打ちされたソリテュードを、決して深刻にではなしに、あくまで都会的な軽味で描いている」と評した。なかなか褒めることのない村上と石原が賞賛しているのが特徴的だ。

中国でも人気な青山七恵は「一生書きたい」と言う

青山七恵は1983年、埼玉県生まれ。
2005年に『窓の灯』で文藝賞を受賞してデビュー。書いたのは大学4年生のときだった。
小学生のときからよく読書をし、図書室で借りた本を下校しながら読んだという。高2でフランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは』を読んで小説を書きたいと思った。
図書館司書になろうと思い、図書館情報大学(現在は筑波大学に統合)に進学。卒業後は都内の旅行会社に勤務した。
『ひとり日和』は会社勤務をしながら執筆。芥川賞の選考会の日も会社に出勤し、早退して結果を待った。
青山の小説は中国でも人気があり、綿矢りさ、金原ひとみとともに「日本八〇後女性作家」として売り出されている。
最新作は『ハッチとマーロウ』。著者初の児童文学調の作品で、新境地を見せた。
青山は「一生書きたい」「細く、長く書き続けたい」と言う。「70歳で最高傑作を」とも。今から約35年後に青山の最高傑作は書かれる。


ひとり日和 (河出文庫)
  • 菊地良
  • PROFILE

    菊池良

    1987年生まれ。ライター、詩人。2009年に「二代目水嶋ヒロ」を襲名。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)、『世界一即戦力な男』がある。

  • つのがいさん
  • プロフィール

    つのがい

    漫画家・イラストレーター。静岡県生まれ。漫画を描くこと、読むこととは無縁の生活を送ってきたが、2015年転職を境にペンを握る。絵の練習としてSNSに載せていた「ブラック・ジャック」のパロディ漫画がきっかけで、2016年手塚プロダクション公式の作画ブレーンとなった。

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