2004年芥川賞は内田裕也絶賛の『介護入門』、渋谷系文学とも言われた『グランド・フィナーレ』

2018/11/15

WRITER文:菊池良/絵:つのがい

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2004年芥川賞は内田裕也絶賛の『介護入門』、渋谷系文学とも言われた『グランド・フィナーレ』

内田裕也が絶賛し、芥川が笑う『介護入門』!?

グランドフィナーレ

本の帯には数々の推薦文が書かれているが、あの孤高のロックンローラー・内田裕也が日本文学に推薦文を書くことは稀だろう。
「書いた奴もエライが選んだYATSURAもエライ! 芥川龍之介も少し笑っているだろう!」
そう評された小説はモブ・ノリオの『介護入門』。第98回文學界新人賞の受賞作。そして、2004年上半期の芥川賞受賞作だ。

29歳で無職の「俺」は、マリファナを吸引しながら実家で祖母を介護している。
ヒップホップ調の一人語りで祖母の介護が綴られていく。「YO、朋輩」、「おフランスのおボードレール様」、「工学的にして被介護者の人体を認識できぬ惰性的研究者ども」など、パンチのあるフレーズが連発されていき、そのグルーヴで陶酔させていく。

選考委員の島田雅彦は「何よりもそのスタイルに魅力がある」と評している。モブの小説を読んだ人間なら、誰もが頷くだろう。
芥川賞の受賞会見では冒頭、いきなり机に置かれたマイクに飛び込んだ。そして、第一声は「どうも、舞城王太郎です」。同じく芥川賞候補になっていた覆面作家の舞城王太郎にかけたジョークだ。
モブはほかにも奇妙なことをしている。文學界新人賞の受賞作を発表する雑誌『文學界』で、著者近影に親族と自分の顔を合成した写真を提出したのだ。短髪の髪に満面の笑みで映る一見小市民的な中年男性のそれは、実際のモブとはまるで違う。

「正統な文学者」の「次の作品」はいつか?

モブは1970年、奈良県生まれ。
中学生のときに筒井康隆の小説を愛読し、ファンクラブにも入る。クラスの文集には将来の夢として「筒井康隆さんのような小説家になって直木賞をとりたい」と書いた。
高校時代は島田雅彦にハマり、その後は大江健三郎、中上健次と戦後の日本文学を読み、影響を受けていく(文學界新人賞の浅田彰の選評には、『介護入門』で頻出する「YO、朋輩」のフレーズが、「アフリカ系アメリカ人と中上健次の折衷」とズバリ指摘されている)。
大阪芸術大学卒業後は、上京してジャーナリスト専門学校の授業や東京大学の自主セミに潜り込んで「ニセ学生」として過ごす。
そして、実家に戻り、さまざまな職を経て、『介護入門』で文學界新人賞を受賞した。そのときに起こった破天荒な出来事の数々は、すでに書いたとおりである。
『介護入門』の文庫解説では、敬愛する筒井康隆が解説を書き、「正統な文学者」と評している。
惜しむらくはとても寡作の作家なことだ。最後に小説を発表したのは『すばる』2017年8月号に掲載された短編『狙われた脳味噌』。「怒爺(イカリヤ)」と名乗る男が110番通報し、政府による共謀罪の強行採決やUFOの隠蔽について、延々とまくしたてるというものだ。ここにも喋り言葉のグルーヴが漲っている。
芥川賞の受賞会見でこんな一幕があった。記者がこう質問したのだ。「次の作品は書けないだろうという声もあります」。モブは「関係ないやろ、放っといてくれ」と声を荒げた。
はたして関係ないのだろうか? 次の作品を書いてほしい。もっともっとこのグルーヴを聴きたい、と読者なら思うはずである。
YO、朋輩、俺からは以上だ。


介護入門

「J文学の旗手」、10年目の受賞

2004年下半期の芥川賞は阿部和重の『グランド・フィナーレ』が受賞した。
阿部は1994年に『アメリカの夜』でデビュー。
90年代には「渋谷系文学」とも「J文学の旗手」とも言われた阿部は、「最後の大物」と言われていた。

『グランド・フィナーレ』は妻に離婚され、娘の親権も失った沢見が主人公だ。
沢見は少女のヌード写真を撮ることが趣味だったが、それが原因で離婚になり、職も失って地元に帰っていた。
だが、娘の誕生日に合わせて上京し、妻との共通の友人である井尻に娘へのプレゼントと手紙を渡す。
沢見は誕生会から出てくる娘をひと目見ようと待ち伏せするが、顔を見ることは叶わない。
そして、東京の友人たちにも少女趣味がバレて軽蔑され、沢見の計画は失敗に終わって地元に戻るのだった──。

選考委員の高樹のぶ子は「明るくて無邪気で不気味な小説」と評した。阿部の持ち味を端的に表現した言葉だろう。

映画や漫画を評論し、他ジャンルの作家と合作して「村上春樹に対抗する」

阿部は1968年、山形県生まれ。
実家の向かいには本屋があり、斜向かいには映画館があったという。奇しくもその2つを仕事とすることになった。
高校2年で中退後、上京して日本映画学校へ入学。映画監督を志していた。
卒業後はこつこつとシナリオを書いていたが、自分は小説のほうが向いているとシフトする。渋谷の映画館でアルバイトをしながら小説を執筆し、デビューした。
前述したように、デビュー後は「渋谷系文学」「J文学の旗手」と言われて活躍した。
故郷の東根市神町を舞台にした「神町サーガ」を紡いでおり、『グランド・フィナーレ』もその一作となる。
純文学作家としてさまざまな挑戦をしており、受賞後初の長編『ミステリアス・セッティング』は携帯サイトに連載された。
2012年には『幼少の帝国』を発表。「日本人の成熟拒否」をテーマにして、ノンフィクションに初挑戦した。
『陽気なギャングが地球を回す』などで有名な伊坂幸太郎とのコラボレーションも行っている。『キャプテンサンダーボルト』は「二人で村上春樹に対抗する」と共同執筆し、純文学作家とエンタメ小説家のジャンルを超えた合作に注目が集まった。
多様な試みを実行する作家・阿部和重の「グランド・フィナーレ」にはいったい何を起こすのか。


グランド・フィナーレ (講談社文庫)
  • 菊地良
  • PROFILE

    菊池良

    1987年生まれ。ライター、詩人。2009年に「二代目水嶋ヒロ」を襲名。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)、『世界一即戦力な男』がある。

  • つのがいさん
  • プロフィール

    つのがい

    漫画家・イラストレーター。静岡県生まれ。漫画を描くこと、読むこととは無縁の生活を送ってきたが、2015年転職を境にペンを握る。絵の練習としてSNSに載せていた「ブラック・ジャック」のパロディ漫画がきっかけで、2016年手塚プロダクション公式の作画ブレーンとなった。

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