「世界一即戦力な男」が会社を辞め、夢だった引きこもり時代に戻るまで…なぜか1年で芥川賞をぜんぶ読むことになった話(3)

2019/05/24

WRITER菊池良

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「世界一即戦力な男」が会社を辞め、夢だった引きこもり時代に戻るまで…なぜか1年で芥川賞をぜんぶ読むことになった話(3)

2019年5月25日に菊池良さんの連載『芥川賞ぜんぶ読む』が書籍化されます。そこで約1年がかりとなったこのプロジェクトの道のりを書いていただきました。はたして芥川賞をぜんぶ読み、本を書き終えるまでに何があったのでしょうか?

幼稚園ぶりのどこにも通わない生活!?

会社を辞めた! これは生活にものすごい変化をもたらす。なにせ週5日の通勤がなくなるのだ。
平日にどこかへ通う必要がないなんていつぶりだろう? 考えてみれば小学校に入ってから社会人に至るまで、人はどこかへ通わなきゃいけないのだ。ぼくは幼稚園に通っていたので3歳以来ということになるのだろうか。そうなると28年ぶりぐらい?
……いや、ぼくは以前にも「どこにも通わない生活」をしていた。
それは16歳のときに高校中退をしてからの数年間だ。

引きこもりをやめて大学入学して以来だった

ぼくは進学した高校を1学期だけ通って中退した。それはとても軽い気持ちでやったものだった。
なぜなら「大学入学資格検定」(通称・大検、現在は「高等学校卒業程度認定試験」に改定)という試験で合格すれば、高校を卒業しなくても大学の入学試験を受けられると知っていたからだ。高校を辞めてレールから外れても、大検に合格して18歳で大学に入ったら、元のレールに戻れると算段していたのだ。
しかし、それはとても甘い見積もりだった。
高校をや辞めたぼくはそのほとんどを自分の部屋のなかで過ごした。そして、ぼくの部屋にはインターネットに繋がるパソコンがあったのだ。
これがぼくの運命を決めた。
当時はYouTubeの黎明期で、インターネットは新たな盛り上がりを見せていた。ぼくはどっぷりとハマってしまい、一日中ネットを見て過ごしていた。引きこもりである。自分でもブログを作り、日記を投稿していた。押し寄せてくる情報の洪水と、自分が発信したものへフィードバックが返ってくることが、何よりも楽しかったのである。ひたすら動画を見て、ブログを読み、日記を書く毎日を送っていた。ネットで知った情報を図書館で深掘りするようなこともしていた。そんなことをしていると、あっという間に時間は過ぎてしまうのである。
そして、そんな日々を6年ほど続けてしまったのだ。22歳のときにさすがにマズいと感じ、大学へ入った。そして、年齢的にふつうの就職活動は難しそうだなぁと感じ、「世界一即戦力な男」というサイトを作って就職を決め、今に至るわけである。新卒からの会社員生活は4年続いたので、ぼくは約8年ぶりの「どこにも通わない生活」となったのだ。

どこにも通わないと、人はどうなるのか

フリーランスの朝は遅い。……かどうかは人によるが、決まった時間に起床しなくてよくなったので、ぼくは目覚まし時計をセットしなくなった。
自然と目が覚めた時間に起き出し、朝食を食べて仕事を始めるのだ。しかし、会社はない。なので、自宅でやるしかなくなる。今にして思うのは、会社のオフィスはなんて機能的なんだろうということである。
在宅勤務をしたことがある人なら分かると思うが、家で働くことは気持ちの切り替えが難しい。以前は会社に行くことが切り替えになっていたが、自宅だと仕事を始めるきっかけがないので、そのままダラダラとしてしまいがちだ。くつろぐためのソファーでパソコンを開いても、いつでも寝転がることができるし、何ならそのまま寝てしまう。動画を見出して止まらなくなってしまうこともある。
そこでぼくは自宅の一室を仕事専用の部屋にしてみた。実は会社をやめる直前に引っ越していたので、それが可能だったのだ。その部屋にはパソコン用のデスクと椅子、ちょっとしたラックだけを置いた。シンプルな部屋にすることで仕事に集中できるだろうと考えたのだ。
事実、最初は集中できたのだ。しかし、だんだんとその空間に慣れると集中力がなくなっていく。これは今でも悩んでいることである。カフェにも行った。図書館も利用した。しかし、こうすれば必ず集中できるという方法は見つけられないでいる。「これだ」と思ってもしばらくしたら集中できなくなってくるのだ。今はこれらの方法をローテーションするしかないと感じている。

今は自宅でも国会図書館が利用できる時代

さて、『芥川賞ぜんぶ読む』を書かなきゃいけないので、読書する時間も確保しなければいけない。以前なら電車に乗る時間がそのまま読書時間である。芥川賞作品を読むのに、1~2時間はかかる。通勤時間が片道20分ほどだったので、2~3日に1作は読めるペースだ。会社をやめて痛感したのだが、電車はとても読書に適したスペースだ。時間と空間が区切られているので集中できるのだ。しかし、フリーランスだと電車に乗ることない。だから、読書時間は無理やり作るしかなかった。
ソファーに寝転がって読むと、睡魔が襲ってくる。これは10分も持たない。仕事用のデスクで読むと、インターネットが気になってパソコンを開いてしまう。こちらは5分も持たない。いったいどこなら集中できるだろう、と考えてたどりついたのがトイレだった。本だけ持ってトイレに入り、読書をする。これなら30分は集中できる。1日に何度もトイレに入って本を読んでいた。
そして、書くためには調べものもしなきゃいけない。こちらは国会図書館を使っていた。といっても、国会図書館がある永田町まで通っていたわけではない。実は国会図書館は、自宅でもサービスを利用できるのだ。国会図書館の蔵書検索は、雑誌の記事にも対応している。その記事を指定すればコピーして郵送してくれるというサービスをやっているのだ。もちろん送料はかかるが、自宅からできるのは助かる。何か資料が必要な場合は、そのサービスを利用していた。家から一歩も出ずに国会図書館が使えるなんて、すごい時代である。
こうやってぼくは仕事の体制を整えていった。

会社を辞めて「夢」がかなった!?

実は大学に入ってからというもの、ずっと夢見ていたことがある。こんなことを書くと怒られてしまうかもしれないが、それはもう一度引きこもり時代のような生活がしたいということだ。
引きこもり生活はほんとうに楽しかった。自分の興味のままに情報と戯れることが、何より面白かったのである。あれは青春だったと、今でも本気で思っている。
しかし、あの生活は親のおかげで成り立っていた。これからは自立して暮らさなくてはならない。あんな生活はもう無理なのだ。青春は終わってしまったのだ。だから、「夢」だと思っていた。いつかもう一度あんな生活ができたらいいな。それは宝くじに当たるとか、そういう奇跡が起こらないと実現は無理だろう。そして、奇跡なんか起こらない。たまに「あのころは楽しかったなぁ」と懐かしむだけで十分だろう。ぼくは会社員としてまっとうに暮らしていくと決めたのだ。こうやって人は、おとなになっていくんですなぁ……。ぼくはずっとそう思っていた。
しかし、フリーランスになってしばらくしてから気づいたのだ。今のぼくは興味のおもむくまま動画を見て、ネットの記事や本を読み、文章を書いて暮らしている。これは夢見ていた引きこもり時代の生活じゃないか!?
そう気づいたときに、ぼくは静かな感動が身体のなかでじわっと広がっていくのを感じた。この生活がいつまで続くかは分からない。「もう会社員にはならない」と決めているわけでもない。でも、かなわないと思っていたことが、いつの間にかかなっていたことに気がついて、ぼくはしばらく動けなかったのだ。

(つづく)


芥川賞ぜんぶ読む amazon.co.jpより

  • 菊地良
  • PROFILE

    菊池良

    1987年生まれ。ライター、詩人。2009年に「二代目水嶋ヒロ」を襲名。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)、『世界一即戦力な男』がある。

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