このアニメ絵の児童書がすごい(3)古事記編

2019/05/28

WRITER文:堀越英美/絵:やべさわこ

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このアニメ絵の児童書がすごい(3)古事記編

新天皇の即位にあたり話題になった「三種の神器」。「八咫鏡(やたのかがみ)」「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」「草那藝之大刀(くさなぎのたち)」というフレーズのファンタジー感、天皇さえもその実物を見たことがないというミステリアスさ。日本の制度の背景にあるRPGのような世界に興味を持った人も多いのではないでしょうか。

これらのフレーズのルーツは、日本神話を伝える現存最古の歴史書『古事記』です。児童向け物語というイメージはまったくない『古事記』ですが、意外にもアニメ絵児童書がいくつか存在します。おそらく2008年の学習指導要領改訂により、小学校低学年の国語で「昔話や神話・伝承などの本や文章の読み聞かせ」が求められるようになったことと無縁ではないのでしょう。日本神話は戦前の皇国史観教育に利用されてきたことから、長らく戦後の教科書から排除されていたのですが、近年は教育現場にもじわじわと復活してきているのです。そう考えるときな臭いようにも思えますが、ファンタジーとして読むぶんには『古事記』はとても面白い物語です。神様たちがモラルそっちのけで、アナーキーな愛と暴力のドタバタを繰り広げるのですから。

たとえば、有名な天地創造の箇所。

「この吾が身の成り余れる処を以て、汝が身の成り合はざる処に刺し塞ぎて国土生み成さむとおもふ(私の体の成長しすぎた部分をお前の成長していないところに入れて塞ぎ、国土を産もう)」

とイザナギがイザナミを性交に誘うも、女であるイザナミのほうから

「あなにやし、えをとこを(ああなんてイイ男)」

とラブコールしたせいで不完全な子供が生まれてしまったので舟に乗せて捨てるという描写があります。性行為の合意を取ってから恋を始めるなんて合理的だな……昔から肉食女子は嫌がられてたのか……妊婦健診も葉酸サプリもない時代の出産は大変だったろうな……などと古代人の営みへの想像が膨らみますが、いろいろな意味で子供向けとは言いがたい。児童書でこうした箇所がどのように訳されているのかが気になります。

『日本の神さまたちの物語 はじめての「古事記」 』(集英社みらい文庫)

一番学術的で原文の内容に近いのは、文学博士が書き下ろした集英社みらい文庫『日本の神さまたちの物語 はじめての「古事記」 』(奥山景布子)でしょうか。原文と照らし合わせながら読んだところ、主要な神話についてはほとんど省略がなく、そのまま訳されているので驚いてしまいました。収録されているのは、『古事記』上・中・下の3巻のうち、神々が大暴れする上巻の神話と、中巻のサホビメとヤマトタケルの話です。中巻以降は神武天皇をはじめとする天皇が日本をまとめて行くお話が中心なので、子供たちが神話と歴史を混同しないようなお話をピックアップしたのでしょう(同書によれば、天皇の即位と在位期間がはっきりした記録として残っているのは『古事記』の最後に登場する推古天皇からだそうです)。各天皇のお話は最後の方に一行エピソードとして紹介されており、興味をもった人は巻末のブックガイドを頼りに自力でたどりつけるようになっています。解説もしっかりしていて、大人も子供も安心して読める古事記と言えます。

日本の神さまたちの物語 はじめての「古事記」 (集英社みらい文庫)amazon.co.jp

『日本の神さま 古事記の物語』(講談社青い鳥文庫)

残酷描写が苦手なら、上巻の神話ほとんどと中巻のヤマトタケルの話を子供向けにカバーした講談社青い鳥文庫『日本の神さま 古事記の物語』(時海結以)がいいかもしれません。イザナギとイザナミから不完全な子供が生まれて捨てるくだりがまるまる省略されるなど、ところどころ改変が見受けられます、スサノオが皮を剥いだ馬の死体を機織り小屋に放り込むエピソードは、馬の皮のみが投げ込まれるというマイルドバージョンに(それでも機織り女は死んでしまうのですが)。幼少時のヤマトタケルが兄の手足を引きちぎって殺すシーンも、もちろんカット。アマノウズメが裸踊りで胸をあらわにする描写はそのままなので、おおらかなエロはOKでも、カジュアルな殺生はNGという基準があるのかもしれません。そのぶんヤマトタケルの悲しきヒーロー描写に力点が置かれており、後半は読み物としてとても感動的です。

日本の神さま 古事記の物語 (講談社青い鳥文庫)amazon.co.jp

「10歳までに読みたい日本名作」シリーズ『古事記』(学研プラス)

学研プラス「10歳までに読みたい日本名作」シリーズの『古事記』(那須田淳)の主人公は、なんと古事記の作者である稗田阿礼を美少女キャラクター化した「あれちゃん」。取り上げられているのは上巻の神話のみですが、神話の合間に「あれちゃん日記」が挿入され、あれちゃんが「ほえ~。おいひいでふね」とおやつを頬張ったりしています。これくらいゆるければ、予備知識のない小学校低学年でもとっつきやすいでしょう。「あれちゃん日記」にはもうひとりの古事記作者である太安万侶も登場し、三種の神器など子供には難しい箇所についての解説を加える役割を果たしています。稗田阿礼が天然ボケ美少女キャラなら、太安万侶は大学寮の学生たちと美人投票をしたりするトホホおじさんキャラ。『古事記』作者のキャラが立っているおかげで、日本史のお勉強にもなりそうです。神話の内容も小さな子供向けに改変され、スサノオが「大嘗(おほにへ)を聞こしめす殿に屎(くそ)まり散ら」す(神殿にうんこを撒き散らかす)という小学生が喜びそうな箇所は、「おしりをぶりぶりふって」と、クレヨンしんちゃん風にアレンジされていました。小さな子が真似したら大変ですからね。
本書のもう一つの特徴は、カラーイラストがふんだんに盛り込まれていること。口絵には中つ国、常世の国、高天原、海つ国などのイメージ配置図が描かれ、神々の複雑な関係もキャラ絵入りの相関図でまとめられています。大人である自分も混乱してしまうところなので、大変ありがたいです。

古事記 (10歳までに読みたい日本名作) 画像はamazon.co.jpより

「ストーリーで楽しむ日本の古典」第一弾『古事記』(岩崎書店)

同じ作者による岩崎書店「ストーリーで楽しむ日本の古典」第一弾『古事記』は、もう少し年齢が高い子供向け(小学校高学年以上)です。こちらの主人公は、天才美少女・稗田阿礼の言葉を書き留める仕事を太安万侶から請け負った13歳の劣等生・阿倍仲麻呂。一緒に話を聞いているおてんば美少女・あすかべ姫(のちの光明皇后)や気の優しいオビト皇子(のちの聖武天皇)もやりとりに参加し、昭和のジュブナイル小説のように物語が進みます。取り上げているのは上巻の神話から中巻のイワレビコ(神武天皇)、およびヤマトタケルの話まで。対象年齢が高めであることもあり、エロもグロもあまり省略されていません。神話の区切りごとに、4人がアンモラルな箇所にツッコミを入れたり解説を加えたりすることで、道徳面での問題をクリアしているようです。ヤマトタケルの話は最後にあっさり流し、のちに神武天皇になるイワレビコの物語がクライマックス。ところで日本史の知識がある人ならお分かりのとおり、阿倍仲麻呂は遣唐使であって、『古事記』に関わったという史実はありません。では、なぜ彼が主人公なのでしょう。太安万侶は最後近くで主人公に語りかけます。
「世界では、相手と戦い殺すか殺されるか、強いものが勝ち、弱いものは滅びるのがあたりまえだが、この国はそうではない。そのことをつぎの時代を担うオビト皇子やあすかべ姫、それにおぬしに知ってもらいたいと思っていたのだ」。太安万侶は阿倍仲麻呂を遣唐使として送り込むにあたって、日本の「和」の心を教えるために古事記の仕事をさせたのでした(あくまで本書の中の設定)
「ああ、日本人として誇りを持って唐の国へわたってほしいと思ったからな。でないとむこうの知識や歴史に飲まれてしまうじゃろう」
個人的には親子兄弟の殺し合いが当たり前に発生する『古事記』から、「神、メチャクチャするやん」と容赦なく人間の命を奪う自然への畏怖の念は感じても、「和」の精神はあまり感じないのですが……。古典の解釈は人それぞれですね。

古事記 そこに神さまがいた! 不思議なはじまりの物語 (ストーリーで楽しむ日本の古典 1)amazon.co.jp

『ラノベ古事記』(KADOKAWA)

2014年にバズった「古事記を現代語訳っていうかラノベ風にしてみた」という個人ブログの書籍版です。児童書ではないのですが、タイトルに惹かれて購入したところ、私が読む前に小学6年生の長女が面白そう!と学校に持っていってしまいました。小学校高学年ともなると、児童書よりも「ラノベ」のほうに心惹かれるようです。扱われているのは上巻の神話のみですが、行間をラノベ要素で盛っているため、なんと440ページ超の大作に仕上がっています。それでも長女はすぐに読み終えていました。感想を聞いてみると、
「超おもしろいよ! オオクニヌシはイケメンのチャラ男だし、オモヒカネはメガネで頭いいキャラだし。クシナダヒメもツンデレでよかった。童話の古事記だとスサノオに守られるだけだけど」
「ウガヤと乳母の恋愛がよかった。少女漫画みたい」

少女漫画みたい、というウガヤとその乳母タマヨリヒメの恋バナのくだりを引用してみましょう(第十一章「山幸彦と海幸彦」)。

「違うよ! タマヨリじゃなきゃ嫌なんだ。俺は君がどうやって子供と接するのか誰よりも知ってる。君の子供は絶対に幸せになれる。だから、俺はタマヨリとの子が欲しいんだ!」
 勢い余ったウガヤに抱きしめられ、タマヨリヒメは彼の胸の中にすっぽり収まってしまう。
「むふぁっっ!!」
 テンパったタマヨリヒメは変な声を上げた。
 ま、まま……まさか、これは全ての女子が憧れる、男性から頭の上に顎を乗っけてもらえるのにジャストな身長差? わあぁぁ、ウガヤ様ったら……こんなに胸筋まで立派になられて。しかも、つき過ぎず、少なすぎず、ベストな細マッチョ。
 いっ……いやっ、いやいや。落ち着けタマヨリ!! こんな恋愛育成ゲームを楽しむために陸に上がってきたわけじゃないでしょう?? 何やってるの?? 姉様になんて説明するの?? ホオリ様には?? ホオリ様になんて言えばいいのっ!? 『おばちゃん、息子さんと結婚しまぁす!てへっ☆』なんて絶対に言えないっっ!!!

原文との異同なんてもはやどうでもよくなるハイテンション。ラノベを読み慣れていない私も、深夜に面白ブログを読み耽るような感覚ですんなり全部読めてしまいました。超訳ばかりとも言えなくて、たとえば冒頭のイザナギとイザナミが「吾が身は成り成りて成り合はざる処一処在り」「我が身は成り成りて成り余れる処一処在り」と言い合うところは、
「あのね、私の体、なりなり~って成り切らなくて、なんか足りないところがあるの」
「へぇ! 面白いね! 僕もなりなり~って生まれたんだけどさ、なんか成りすぎちゃって、余計なものがくっ付いてるんだ!!」
と、原文の「なりなり」の音がそのまま生かされた面白い訳になっています。言葉の響きの面白さとノリが重要!というラノベと『古事記』は意外にも相性がいいようです。

ラノベ古事記 日本の神様とはじまりの物語 画像はamazon.co.jpより

『ラノベ古事記』で古事記の神キャラに魅せられた長女は、現代語訳ではなく原文(書き下し文)をそのまま使用している漫画『ぼおるぺん古事記』(全三巻・こうの史代)にも飛びついていました。もっふもふの因幡の白うさぎが「此の八十神は必ず八上比売(やかみひめ)を得じ」と古語で語りかけるさまはとてもキュート。児童書やラノベでストーリーを把握したら、原文をそのまま読んで音の面白さにも出会ってみてください。

ぼおるぺん古事記 (一)天の巻amazon.co.jp

  • Writer

    堀越英美

    ライター。著書に『不道徳お母さん講座』(河出書房新社)『女の子は本当にピンクが好きなのか』 (ele-king books)等。訳書に『世界と科学を変えた52人の女性たち』(青土社)、『ギークマム』(オライリー・ジャパン、共訳)。

  • やべさわこさん
  • Illustrator

    やべさわこ

    1994年生まれ。オリジナルのイラストをSNSで発表し始め、2018年5月からイラストレーター(マンガ家)として活動し始める。昭和の歌や懐かしい風景を偏愛している。

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