2020/03/12

辞書にのらないことばたち。なぜのせないのかに「焦点を当てる」

辞書にのらないことばたち。なぜのせないのかに「焦点を当てる」

テキスト:ながさわ/gif 動画:葛飾出身

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日常生活の「最後の時」を復元するために、「世帯考古学」の方法論を用いて、中心部に住んだ宮廷人の世帯に焦点を当てた。
――青山和夫(2012)『マヤ文明――密林に栄えた石器文化』岩波書店 p.163

「辞書にないことば」を観察する連載、今回は「焦点を当てる」ということばに焦点を当ててみたいと思います(これが言いたかっただけ)。話題や題材として特に注目するといったような意味合いの表現ですが、あえて説明しようと思うとなかなか難しいですね。

この「焦点を当てる」という表現に触れている国語辞書は、現時点では『三省堂国語辞典』のみのようです。

しょう てん[焦点](名) (1)〔理〕〈反射/屈折〉した光線が集まる点。〔略〕
(2)多くの人の注意や行動が一つに集まる(問題)点。「論議の―・―をしぼる〔=論点をしぼる〕・―を当てる〔=議論の対象にする〕」
――『三省堂国語辞典』第7版

『新明解国語辞典』も第6版の第3刷までは用例で「…に焦点を当てる」を示していたのですが、第4刷で削られてしまいました。そのかわり、「焦点を絞る」の例文が長くなっています。

しょう てん【焦点】 (二)(多くの人の)注意・関心が集まる中心点や問題点。「―を絞る/―を合わせる/―が定まる/…に―を当てる/―が
ぼやける」 ――『新明解国語辞典』第6版第3刷(2005年4月10日発行)
しょう てん【焦点】
(二)(多くの人の)注意・関心が集まる中心点や問題点。「―を絞った国会の集中審議/―を合わせる/―が定まる/―が ぼやける」
――『新明解国語辞典』第6版第4刷(2005年9月20日発行)

非常によく見かけ、また自身でも用いることのある表現だけに、ほんのわずかしか「焦点を当てる」を扱う辞書がないというのはちょっと意外でした。国立国語研究所の「現代日本語書き言葉均衡コーパス」のデータでも、「焦点を」に続く動詞は「合わせる」「絞る」を抜いて「当てる」がトップです。

ただ、既存の国語辞書はこうしたコロケーションが手薄なのも事実です。コロケーションというのは、平たく言えば、単語と単語のよくある組み合わせのことです。「焦点を当てる」もコロケーションのひとつであると言うことができます。国語辞書ではかっこの中の用例として示されていることが多いのですが、紙幅の都合もあり、残念ながらかなり限定的です。

コロケーションに特化した辞典も出ています。『てにをは辞典』で「焦点」を引くと、このように「焦点」と他のことばの結び付きがずらっと並んでいるのです。

しょうてん【焦点】▲が 合う。当たる。甘い。拡散する。決まる。定まる。ずれる。はっきりする。ぼける。ぼやける。▲を 当てる。合わせる。移す。定める。絞る。ずらす。遠くする。整える。取り戻す。ぼかす。結ぶ。失ったような空虚な眼差し。▲に 記憶の~浮かぶ。話を違った~移す。▲の 定まらない(視線・目で見る)。▼ 今後の。政局の。当面の。話の。目の。レンズの。話題の。
――『てにをは辞典』

「焦点を当てる」も当然収められていました。国語辞書がカバーしきれていない情報は、このような特化型の辞書で得られることがあるわけですね。

ところで、この「焦点を当てる」という言い方は「誤用」なのではないかという指摘があります。本当は「焦点を合わせる」と言うべきなのに、「スポットライトを当てる」などとの混交で「焦点を当てる」という言い方になったのではないかという理屈のようです。一見もっともらしいのですが、たとえば「若者ことばに焦点を当てる」は、「胸に手を当てる」などと同じ形で、「若者ことば」のほうへ「焦点=注意が集まる点」を重ね合わせるという意味にすんなり解釈できますから、特におかしな言い方でもないでしょう。

また、「議論の焦点を合わせる」とは言うけれども、「議論の焦点を当てる」とは言わないということからも、「焦点を当てる」が単に「焦点を合わせる」の間違いから生まれたのでないことを証明しています。「焦点を当てる」と言うときには「何に当てるのか」がほぼ必須で、これが「焦点を合わせる」との大きな違いになっています(したがって、「何に」を入れて「若者ことばに議論の焦点を当てる」などと言えば自然です)。

ちなみに、かの『三省堂国語辞典』は、1974年の第2版では以下のように「焦点を当てる」を誤りだと断じていました。

しょう てん[焦点](名)
(一)〔理〕反射・(屈折)した光線が集まる点。〔略〕「―を あわせる」〔「―を当てる・―を しぼる」は あやまった言い方〕
(二)多くの人の注意や行動が一つに集まる(問題)点。「議論の―」
――『三省堂国語辞典』第2版

ただ、見ればわかる通り、これは一つ目の意味「反射・(屈折)した光線が集まる点」についての話です。確かに、レンズの焦点については「焦点を当てる」とは言わないかもしれません。1982年の第3版から、「焦点を当てる」「焦点をしぼる」は二つ目の比喩的な意味の用例に移り、特に誤りとはされなくなりました。

『三省堂国語辞典』が「焦点を当てる」を(正用として)用例に採用したのは1982年から。『新明解国語辞典』では、1981年の第3版から「…に焦点を当てる」という用例が追加されています。自分が採集した用例では、1974年の例が最も早いものでした。

そして藤原氏に焦点をあててこの時代を三分すると、
――「嫉妬は男を美しくする」(初出「婦人公論」1974年1月),杉本苑子(1979)『片方の耳飾り 随想集』読売新聞社 p.31

国会の会議録では、1959年の発言が見つかります。

そこで、これらの点に焦点を当てまして、畜産固有の災害対策も講じなければならぬとわれわれは考えておる次第でございます。
――安田善一郎発言,「第33回衆議院災害地対策特別委員会農林水産等小委員会第3号」1959年11月18日 p.13

いずれにしても、そこまで古い言い方ではなさそうです。そのことが、辞書に載りにくい理由、そして「誤用」っぽさを醸し出す理由のひとつになっているのかもしれません。


  • ながさわ さん
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    ながさわ

    一介の辞書コレクター。暇さえあれば辞書を引いている。「四次元ことばブログ(http://fngsw.hatenablog.com/)」で辞書や言葉について発信中。

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    葛飾出身

    1998年香川県生まれ。Twitter上で「今日の日記」として、レタリングをフィーチャーした動画作品を投稿するのが主な活動。その他デザイン依頼を数点。Twitter:@ahtamaraneze

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